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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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18話 不幸体質は宙を舞う 前編

「悪いけど……、出ていってもらえる?」


 彼女の言葉に私は頷くことしかできなかった。

 少ない荷物を背負い、外をあてもなく徘徊する。……最悪の場合、この寒空の下で野宿だ。

 スマートフォンでメッセージアプリを開き、連絡の取れそうな知り合いを探す。

 ここら辺に住んでいる友達の家は既にほとんど居候済だ。私は諦めてスマートフォンをポケットに入れた。


「どうしよう……」


 財布の中は小銭しか入っていない。ホテルやネットカフェで泊まることもできない。

 平塚(ひらつか)(あかね)、人生最大のピンチだ。


 ……昔から、私には運がなかった。

 幼い頃はまだ笑える程度だった。給食のデザートの余りを賭けたじゃんけんに一度も勝てなかったり、遠足当日に丁度風邪をひいてしまったり。

 だが身体が成長するにつれて、私の不運もおかしな方向へ成長していった。

 車に()かれて救急車で病院に運ばれている途中で二度目の事故に遭ったり、バイト中どんなに気をつけて働いていても絶対にレジからお金が消えていたり。


 友達は私のことを不幸体質と笑ったが、私は自分のことを呪い続けた。


 そして大学を卒業して就職してからも、この体質は変わらなかった。トラブル続きですぐにクビになり、長続きしないバイトを転々とするする日々。

 アパートからもこの体質のせいで追い出され、知り合いの家に転がり込むようになった。だが居候の生活も不運の連続で長続きしない。

 追い出されてはまた別の家へ転がり込む。そしてそこも追い出され次の家へ。原因は勿論わたしの体質。……軽い疫病神みたいなものだ。



 公園のベンチでただ時間が過ぎるのを待つ。本当にここで一夜過ごすかもしれない。そう思うと寒さとは別の理由で震えが止まらなくなる。

 すると、スマートフォンが着信音を鳴らした。画面を見ると、高校生の時クラスメイトだった男性から電話が来ていた。


「も、もしもし……」


 恐る恐る電話に出る。


『もしもし、俺のこと覚えてる?』

「うん、金井(かない)くんだよね……?」


 友達の友達程度だが、当時彼とは何度か話したことがある。


『さっき電話が来て、今晩だけでも茜のこと泊めてやれって言われてさぁ』

「そ、そうなんだ……」


 確かにありがたいのだが……。私の脳内に一抹の不安がよぎる。

 今まで転がり込んでいたのはすべて女性の家だ。一度も男性の家に泊まったことはない。このままでは危険であることも事実だが……。

 結局私は……。



「お邪魔、します……」


 屋根のある場所で休めるという誘惑に耐えることができず、結局私は金井の家に入ってしまった。

 古いがそれなりに高そうなマンションの一室。だが彼の部屋は最低限の家具しかないシンプルなものだった。特に怪しいものもない。


「酒でも飲む?」

「そんなの悪いよ……」


 金井は冷蔵庫からチューハイの缶を一本取り出し、私に渡した。

 本当に悪いと思っていると同時に、警戒していた私は一旦それを断った。


「いいって、そんなの気にしないで」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 結局受け取ってしまった。

 まあ、一本くらいなら……。


「あれ、金井くんの分は?」

「あぁ、俺これから夜勤だから」


 そう言って金井はリュックを背負う。少なくとも今晩男性と二人きりという状況ではないことに安心した。


「朝まで帰ってこないし、鍵かけて大丈夫だから」

「わかった……」


 チューハイを口にしながら、私は頷く。

 そして金井は家を出た。私は鍵をかけ、念のためチェーンもした。これでこの部屋には私だけだ。

 だからといってすることもない。とりあえずチューハイを飲み切った。


 私はスマートフォンを充電器に接続すると、クッションを枕にして横になった。暖房のおかげで寒さは微塵もない。ひさしぶりにアルコールを摂取したせいだろうか、私の意識はすぐに夢の世界へ落ちていった……。



 インターホンの音で目が覚める。

 私はまず、何もされていないか自分の身体を確認した。特に異常はない。


「そういえば金井くん出かけてるんだった……」


 再びインターホンが鳴る。

 スマートフォンをで時間を見ると午前二時。金井が帰ってくるまで、恐らくまだ時間がある。


「誰だろう……」


 私は目をこすりながら玄関へ行き、ドアスコープを覗いた。


 ……スーツ姿の男性が数人。


「ど、どちらさまでしょうか……」


 扉を開くと男の一人がスーツから何かを取り出した。ドラマでよく見る、……警察手帳。


「金井智昭(ともあき)さんがお亡くなりになりました」

「……へ?」


 寝起きの頭では処理しきれない情報に混乱してしまう。さっきまで一緒にいた人間が……死んだ?

 もし、これが私の不運のせいだとしたら……。この状況でそんなくだらないことを考えてしまう。だが、私が今夜泊まらなかったら、もしかしたら彼は死ななかったのではないだろうか……。



 部屋の中を鑑識の人が調べている。私はマンションの廊下で、警察官の一人にここに泊まることになった経緯を聞かれていた。


「えっと、私は今夜泊まる場所がなくて……。それで彼の家に……」


 警察官が露骨に疑っているような目で私のことを見る。

 ……当たり前だ。今一番犯人だと思われている人間は私だ。


 金井は駐車場で転落死したらしい。

 彼の死体は見ていない。そのせいか、まだ少しだけ今の状況を信じていない自分がいる。


「そうしたら彼が夜勤で出かけて……」

「夜勤?」

「え? あっ、はい……」


 警察官の顔が一層険しくなる。別に嘘なんてついていない。それなのに、私が矛盾した発言をしたかのような雰囲気になっている。


「金井さんの勤務先には確認済なのですが、今夜彼は非番でした」

「え……?」


 じゃあ彼は嘘をついた……?

 だが、外出したのは本当だ。この事件とは関係ないはず……。それなのに私の心証は悪くなる一方だ。


「ここではなんですので、署までご同行をお願いできますか?」


 ……まずい。このままでは私が犯人ということになってしまってもおかしくない。だが私には何もできない。ただ私はやっていないという証拠が見つかることを祈るしか……。


「待て」


 廊下に突然少女の声が響く。

 この場にいた全員が、声のした方向を見る。


 雪のように真っ白な髪。透き通るように白い肌。そしてそれらとは逆に黒いジャージ。まるで積もった雪が人の形をして服を着たかのような少女。

 恐ろしく場の雰囲気に似合っていない少女だが、彼女はそんなこと一切気にせずに堂々と立っていた。


「き、君っ! 一体どこから……」

「普通に入口からだぞ」


 これだけのことが起きたのだ。マンションの入り口は警察が封鎖しているはずだ。それを彼女は普通に通った……?


「私は赤崎(あかさき)樹里(じゅり)。……この謎、私が解き明かしてやる」


 そう言って白黒の少女、樹里はニヤリと笑った。

 まるで新しい玩具を買い与えられた子供のように。それが私には不気味で仕方がなかった。


 ……だが私はすぐに気づくことになる。彼女の存在こそが、今まで私を苦しめ続けた不幸を全て積んでも届かないほどの高さの幸運であることを。

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