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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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17話 消えた毒 解答編

 樹里(じゅり)の退屈が限界を迎えつつあったある日、私は彼女にとあるクイズを出した。

 昔雑誌で読んだ殺人事件。被害者の男が毒殺されたが、部屋からはその毒が見つからなかった。部屋は密室で、誰かが出入りした痕跡もない。


 幼い頃の私は答え合わせするまで、真実にたどり着くことはできなかった。しかし、樹里はすぐにたどり着いてしまった。


 そして彼女は告げる。犯人は……。


「犯人は文通相手の女だ」

「……どうしてそう思ったの? その人は被害者が亡くなった時間には県外にいたんだよ?」


 私は出題者だ。あくまで冷静に、悟られないように聞く。


 本来なら、女には被害者を殺すことができなかった。しかし、女はとある方法でそれを可能にしたのだ。


「まずは毒がどこへ消えたかだ。先程も言ったが毒を現場から持ち出したのは被害者本人、問題はそれをどこに置いたのか」

「……うん」

「被害者が行ったのは郵便局。もしくは町中に設置されているポストだ」


 そう。男は毒をポストへ投函したのだ。男が犯人をかばおうとしたわけではない。

 男はいつも通りの行動をした。何故なら、毒が仕込まれていたのは……。


「犯人は『切手』に毒を塗ったんだ。被害者はいつものように手紙を送ろうとした。その時に被害者は毒を口にしてしまったんだ」


 メールやメッセージアプリでのやり取りが主流になった今の時代、使う機会の減ってしまった存在。私も片手で数えるくらいしか使ったことがない。

 必ずそうするわけではないが、一定数の人間は切手を貼る際にあることをする。


「切手を貼るためには濡らさないといけない。そう、被害者は毒の塗られた切手を舐めたんだ」


 切手の裏に塗られた(のり)は、樹脂が水に反応して溶けることでくっつくようになる……とどこかで読んだ覚えがある。


「まず女はいつも通り送る手紙に加えて、毒を塗った切手を封筒に入れて送ったんだ。送る時はこれを使ってくださいとでも文面に書いてな。男はそれを不審に思ったか、それとも切手代が浮いたことを喜んだか定かではないが……、結局は女の思惑通りに動いたわけだ」

「……正解。やっぱりそう上手くいかないかぁ」


 私は潔く敗北を認めた。

 幼い頃に雑誌で見かけた事件、……勿論フィクションなのだが。その真実に樹里はいとも簡単にたどり着いた。


「まぁ、いい暇つぶしになったぞ」


 悔しくないと言えば嘘になる。しかし、彼女の満足そうな顔を見たらそんな感情はどこかへ消えてしまった。



 犯人の女は、被害者の男から多額の金銭を受け取っていた。だが最近は一回で受け取る金額が減っていた。それに反比例するかのように女の欲望は増していく。あればあるだけ散財する生活をしていた女にとって、欲望を満たすことのできない日々は地獄でしかなかった。


 そして女はこの事件の計画を立てたのだ。


 切手に毒を塗り、いつもの手紙に同封する。そして男の家に届くまでの間に証拠になるようなものは処分した。だが肝心の男が送る手紙は処分できない。女の家に届く前に手紙の存在に気付いた警察によって回収され、女の犯行が明らかになった。


 これがこの事件の顛末だ。



 ……時計を見る。いつの間にか午後六時を過ぎていた。


「そろそろ、ご飯にしよっか」

「……そうだな」


 樹里の腕に触れる。まだまだ彼女の身体は細いが、島での骨と皮しかないような姿は消えていた。


「夕飯何がいい?」

「別になんでもいいぞ」

「それが一番困るんだよなぁ……」


 今日も栄養のあるものを作ろう。……ふと自分のお腹に触れる。

 ……柔らかい。

 樹里と同じものを食べているのだから、太るのは当然だ……。


「運動しなきゃなぁ……」

一二三(ひふみ)はもう少し肉をつけた方がいいと思うが」

「……それ、ブーメランだよ?」


 まあ、樹里がそう言うなら……。私は心の中でやりたくないことを先延ばしにして、冷蔵庫を開いた。

 謎なんてない、平和な日常がずっと続けばいいのに……。そう願いながら。だが、私たちは遠くない未来、再び謎と悪意が渦巻く地獄へと足を踏み入れることになる。


 ……そのことを、この時の私は知らない。樹里は、わかっていたのだろうか。



 ……退屈だ。


 一二三は私の隣で寝ている。彼女のことを起こさないように、私はベッドから抜け出した。

 そして玄関の鍵を開き、外へ出た。


 遊戯世界に新たな魔女が現れてから、私はほとんど眠らない日々を過ごしていた。不思議と眠気はない。

 だが、数日に一度のペースで身体が言うことを聞かなくなり、私を暗闇の世界へ引きずり込む。限界を迎えた身体が私を強制的に気絶させることで、疲れを癒しているのだ。


 自販機に硬貨を投入し、缶コーヒーのボタンを押す。


「あつっ……」


 落ちてきた缶に触れると、自然と口に出していた。


 深夜の外を歩きながら、コーヒーを飲む。冷えた身体が温まるのを感じる。


「これがバレたら、一二三のやつ怒るだろうな」


 一二三との生活は楽しい。それに嘘なんて欠片もない。

 それなのに、私の魂は徐々に腐っていく。退屈で退屈で仕方がない。

 どんなに本を読んでも、どんなに一二三の肌に触れたとしても、この退屈から解放されることはない。それに気づいてから、私は時々深夜に一人で外出するようになった。


 どこかに私を満足させてくれるような謎がないか。そう願いながら……。


 パトカーのサイレンが聞こえる。私の足は自然と音のする方へ向かっていた。


 マンションの前に人だかりができていた。人と人の間を通り、最前列に出る。こういう時だけ、自分が小柄でよかったと思える。


 ……目に映ったのは赤。


「あぁ……」


 私は必死に口角が上がるのを手で押さえた。久しぶりにこの退屈から逃れることができる事実に、胸の高まりが止まない。


 真っ赤な血だまりの中心に男が倒れていた。四肢はあらぬ方向へ折れ曲がっている。顔はここからでは見えないが、どう見ても彼は死んでいるだろう。

 私の隣にいた女性が死体をスマートフォンのカメラで撮影する。自分の今までの行いを棚に上げているようだが、彼女の不謹慎な行動に顔をしかめる。


「まあ、どうでもいいか」


 そして私は謎に挑む。一二三を危険に巻き込まず、一人で。


 宙を舞った不幸な男と、それに巻き込まれた不幸な女の話。それに私が退屈しのぎのために割り込んできたのは、彼女にとって幸運だったのだろうか……?

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