16話 消えた毒 出題編
休日、私はただ何もせず部屋でゴロゴロしていた。
私はこのただ怠惰に時間を潰すのが好きだが、樹里はそうではないようだ。唸りながら枕を抱いている。
「……暇だッ!」
限界を迎えたのか樹里が叫び、私に枕を投げる。それをキャッチして、床に置く。最近の彼女はいつもこんな様子だ。
白い髪を揺らしながら暴れる姿は、小動物のように見える。だが、恐らく本人は本当に退屈で苦しいのだろう。
樹里に近づき、優しく抱きしめる。
「しょうがないなぁ……。じゃあ、お姉ちゃんと遊ぼっか?」
「……今はそんな気分じゃない」
そう言って私の頬をつねる。
「いたぁい……」
「あっ……、すまない……」
冗談のつもりだったはずが、樹里が申し訳なさそうな顔をする。
「大丈夫、ちゃんとわかってるから」
まだ同居生活を始めてから日は浅いが、わかったことがある。樹里は謎がないと生きることができないのだ。
あの島で起きた事件から数ヵ月、変わり映えのない日々に彼女も限界が来ていた。
「それにしても、そういう気分の時はいっぱい甘えてくるのに」
「……うるさい。それに甘えてなんかいない」
樹里の白い肌が少しだけ赤くなる。
『一二三ッ……、ひふみ……』
本気で甘えてくる樹里の姿、必死に私の名前を呼ぶ声。……あれは劇物だ。思い出しただけで照れてしまう。
「……あのことは忘れろ」
私の様子を見て察したのか、樹里が睨んだ。私は目を逸らすと、視界に塔が映った。
「そ、そういえば、この前買ってきた本は読み終わっちゃったの?」
部屋の片隅に積まれた本の塔。あれは樹里の退屈を紛らわせるために買ったものだ。ジャンルも様々で、時々児童向けの絵本を読むこともあった。
彼女曰く、あまり興味のなかった分野の方が当たりを引いた時の喜びが大きいらしい。
「とっくに読み終えている」
「そっかぁ……、じゃあまた送らないとだね」
実家がまた狭くなることを申し訳なく思いつつ、私は樹里を満足させる術がないか考えていた。彼女を満足させることができるのは謎だけだ。だが、私にはそんな謎を生み出すことなんてできない。
……そういえば、昔何かの雑誌で読んだあれなら。
「じゃあクイズを出すね」
「クイズ……?」
「うん、私が小さい頃に読んだお話、一応はフィクションなんだけどね……」
●
とある田舎町にある一軒家。そこに一人の老人の男が住んでいた。男は裕福なことで有名で、時々知り合いに財産を見せびらかすこともあったそうだ。
しかし、そんな男はあまり贅沢な暮らしをするわけでもなく、趣味の文通を楽しみながら暮らしていた。
ある日、家政婦がいつものように朝家へ行きインターホンを鳴らしたが反応がない。家政婦は玄関のドアノブに手を触れた。
男は家政婦が来る前に必ず玄関の鍵を開けていた。だが、鍵がかかっていて開かない。
それを不審に思った家政婦は失礼を承知で窓から中の様子を覗き込んだ。
……すると、男が室内で倒れているのが見えた。
家政婦はすぐに警察へ通報。窓も扉もすべて施錠されていて、駆けつけた警察は窓を割って中へ入ったそうだ。
男の死因は毒殺。だが、肝心の毒が見つからない。警察は犯人が持ちだした可能性も考えたが、密室のせいでそれもできない。
男は殺される前、十分ほど出かけていたことがわかった。だが特におかしな行動もしておらず、誰かと接触してわけでもない。
よって警察は外で毒を摂取したとは考えられないという結論になった。
捜査は難航したが、容疑者は三人に絞られた。
一人目は男の友人。男とは学生時代からの知り合いで、今でもよく一緒に飲みに行く仲だった。そこで男の財産についてよく聞いていたらしい。そのため財産を奪う計画をしていたと噂になっていたそうだ。
二人目は第一発見者でもある家政婦。男には妻も子供もいない。そこで遺産は家政婦が受け取るのではないかという噂があった。
そして彼女は頻繁に家に出入りしていた。もしかしたらその際に何か仕掛けをしていたのかもしれない。そう警察は考えた。
三人目は男の文通相手の女。女は最近羽振りがよく、警察が調べると男から大量の金を受け取っていた。そして財産を独り占めするために……。だが、女は男が死んだ時間帯は県外にいた。よって犯行が可能だったとは思えない。
さて、男はどうやって殺されたのだろう。そして犯人は誰?
●
「たしかこんな感じだったかな」
「ふむ……」
樹里は目を閉じ、思考を働かせている。
……よかった。私は内心、樹里が即答してしまうんじゃないかとひやひやしていた。
「いくつか質問してもいいか?」
「うん……」
別に私がやったことじゃないのに、心臓の鼓動の音が大きくなる。
「毒は最終的には見つかったのか?」
「……えっと、たしか見つかったはず……」
「曖昧だな……」
「仕方ないでしょ⁉ 昔読んだやつなんだから」
必死に記憶の糸をたどる。……そう、毒は最後に見つかった。そしてそれが仕込まれていた場所、それこそが犯人を見つけるための最大の証拠となる。
「あと一つ。男は殺される前に外出をした時、あそこに寄ったはずだ」
そして樹里はある場所の名称を言う。どこにでもあるような施設。
私は彼女のその言葉に頷いた。
やはり、早くも樹里は真実にたどり着いてしまった。そう、男が死の直前に寄った場所こそ、この事件の鍵となるのだ。
「なるほど、……犯人が解った」
「簡単すぎた……?」
「まあ、否定はできないな」
「うぅ……、ごめんね」
「そんなことはない。ありがとう、一二三」
樹里が私のことを抱き寄せる。同じ洗剤やボディーソープを使っているはずなのに、それとは別物のいい匂いがした。
「毒を現場から持ち出したのは被害者本人だ。きっと遅効性だったのだろうな」
私を抱きながら淡々と推理を披露する。別に二人きりだからいいのだが、これを誰かに見られたらと思うと恥ずかしくなる。
「何故被害者が自身を殺す凶器を外へ持ち出したのか、それは毒が仕込まれた場所が関係している。そしてその際に、被害者は自然に毒を口から摂取してしまった」
「被害者が若い人だったら、もしかしたら事件は起きていなかったのかもね」
「そうかもしれないな。そもそも、若者は使う機会など滅多にないものだしな」
そう言いながら私のスマートフォンを手に取る。
そして犯人の名を告げた……。
「犯人は……」