13話 母親②
「これが本物の魔女の力か……」
ゾッとする。サチヱは加奈子おばさんと蔵之介が死ぬ未来を見ていた。
だが、ひとつだけ彼女の予知が外れた。私は生きている。
「もしかしたら、私はあそこで……」
死んでいたのかもしれない。そう言葉にしようとすると、震えが止まらなくなる。そんな私のことを落ち着かせようと、樹里が優しく私の手を握った。
「お前は今生きている。それが全てだ」
「だ、だけど……」
……柔らかい感触。甘い匂い。
私の口が突然塞がれた。
樹里にキスをされたという事実に気づくまで、少し時間がかかった。
「やはり姉妹でこんなことするのは……、変か?」
……姉妹。その言葉が重く身体にのしかかる。
世間では私たちの関係は歪なのかもしれない。父と加奈子おばさんもこんな気持ちだったのだろうか。
「変だったら……、樹里ちゃんは嫌?」
「べ、別にそういうことは……」
照れる樹里に顔を近づけ、もう一度唇を重ねた。
「……うん、生きててよかった」
……心の底からそう思った。
●
フェリーから海の景色を眺める。
一ヵ月近い退屈な入院生活から解放されて数日、私たちはまたあの島に向かうことになった。連続殺人の起きた島に……。
「別にわざわざあっちでやる必要あるのかなぁ……」
「サチヱの希望だからな」
樹里が私の右手を握りながら言う。退院して右腕をいつも通り動かしても、ほぼ問題ない状態まで回復したというのに、彼女は最近なんだか過保護な気がする。
……そうだ。あの時はスマートフォンを周りに見せるのが恥ずかしかったのだが、こんなところに来る機会なんて今後滅多にないだろう。私は樹里に手を離してもらい、右手でポケットからスマートフォンを取り出す。
「あっ!」
スマートフォンが私の手からするりと落ちていく。そして床に直撃する寸前で、樹里がそれをキャッチした。
「だから気をつけろと言っただろ?」
「ごめん……」
ため息をつきながら、私にスマートフォンを渡す。
右腕は動かしても問題ない。だが完全に回復したわけではない。
時折右腕が痺れることがある。だから樹里は私に対して過保護になっているのだろう。
「そろそろ着くぞ」
そしてまた私の右手を握る。
もしかしたら、彼女にとって私は重荷になってるのではないか。そう思うと涙が出そうになった。
●
島に到着し、屋敷に案内される。広間には新太と桐子、そして赤崎家顧問弁護士の黒須がいた。
「お二人をお連れいたしました」
総一郎が扉を閉める。
「それでは、全員揃ったようなので……」
黒須はそう言うと遺言書を取り出した。そしてゆっくりとそれを開封する。
「……え?」
「どうかしたんですか?」
困惑した表情で黒須が遺言書を見ている。桐子がそれを後ろから覗き込む。そして彼女も同じような顔をした。
「遺産の半分を一二三様へ、もう半分を新太様と樹里様で分配……と書かれています」
「はい……?」
思わず声を出してしまった。今日はただ樹里の付き添いで来ただけで、別に行く必要はないと思っていた。
それが私に遺産の半分……?
「ククッ、あの魔女め。結局一二三が生きていると予測していたわけか。しかも犯人が栄一であることも知っていたんだ」
「え、えっと……、私は遺産なんて……」
私がそう言うと、新太の顔があからさまに明るくなった。するとそれを見た桐子が彼の脇腹を小突いた。
「新太さんがもらっても、私の知らない女性の方に流れていくんですよね?」
「そ、そんなことは……」
桐子が無言で睨む。
笑顔なのが逆に恐ろしい。
「はい……」
「だったら、一二三さんに渡した方が有意義だと思いませんか?」
「……はい」
……完全に以前と立場が逆転している。
入院生活中、お見舞いに来た桐子が「あの時新太さんが助けてくれなかったら、今頃逆に私があの人を殺していたかも」と笑顔で語っていた彼女の姿を思い出し、震えが止まらなくなった。
その後の話は難しくて私にはよくわからなかった。遺産の受け取りや今後のことについては、黒須が手伝ってくれるらしい。
そして今日はゲストハウスで泊まることになった。
ベッドで横になると、あの日のことを思い出してしまい、胃酸がせり上がってくる。
「大丈夫、また何か起きたとしても、私が一二三のことを守る」
樹里が私のことを安心させるために抱きしめた。それはとても嬉しいのだが、私はもう何も起きずまた穏やかな日常に戻ることができるのを願っていた。きっとそれが樹里にとっては苦痛な日々であると知っていてもだ。
……私はきっと、彼女にとって良い姉ではない。
そう考えながら、私は目を閉じた。
日常に戻ることができたら、私はあの悪夢のような二日間を忘れることができるだろうか。
……無理だ。きっとこれからも、私は両親の死と罪を引きずったまま生きていくのだろう。それでも、隣に樹里さえいてくれれば、きっとそれは幸せなことなのかもしれない。
「……絶対に無茶はしないでね」
また樹里の好奇心を刺激するような事件が起きたら。彼女はまた首を突っ込む。そう確信していた。
彼女を止めることのできない私は、ただお願いするしかない。
「……その時にならないと、わからないな」
わかりきっていた返答。
だからこそ、私はもう二度と事件に巻き込まれないことを祈っていた。
★
「あぁ、退屈だ」
一人きりになってしまった遊戯世界で呟く。
「退屈で死にそうだ」
魔女は事件の解決と一緒に消え去ってしまった。ただ孤独を耐えながら、ひたすらこの夢が終わるのを待つ。
以前のように棺桶の中で眼を閉じても、元の世界へ戻ることはなくなってしまった。
「しかし、此度の舞台は低レベルもいいところだったな。もっと私の欲求を満たす謎はないものか……」
既に私の心は次の事件を求めていた。きっとこんなこと、一二三は望んでいないとわかっていながら。
「私だって、できることならお前と一緒に日常を謳歌したいさ。……しかし、そんなことをしていたら私の魂が腐ってしまう」
退屈は不老不死の吸血鬼も殺してしまう。……魔女に言われたことを実感してしまう。
できることなら、一二三だけは巻き込みたくない。
だが私たち二人は確実に、今後も事件に巻き込まれる。それだけが、『真実の吸血鬼』である赤崎樹里が唯一予知できる未来の光景だった。