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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
0章 海
210/210

0話 プロローグ:少女A

二〇二一年八月


 東京から電車で数時間、もう少しで目的地だ。

 私は車窓から外の風景を見た。


「わぁ……」


 見渡す限りの綺麗な海。

 季節は夏。毎日のように最高気温を更新する日々だ。

 こんな暑い日に、水着を着て海で泳いだらどんなに気持ちいことだろうか。


 諸事情で昨日から仕事は休業している。普通なら友人や家族と旅行にでかけるような機会もあったのだろう。

 しかし、今の私にはそんな予定を組むことはできなかった。


樹里(じゅり)ちゃんと一緒に見れたら最高だったのに……」


 二年前の五月、赤崎(あかさき)樹里は岸部政宗(きしべまさむね)の放った銃弾を受けて倒れた。それからずっと、意識は回復していない。

 彼女を失う覚悟ができていなかったというのもあるかもしれない。たとえそうだとしても、私の胸の中にポッカリと空いてしまった穴は、二年と三ヶ月経過した今でも塞がることはなかった。

 多分、何年何十年と時間をかけたところで彼女のいない現実と向き合うことはできないのだろう。


 バッグから手紙を取り出し、何度も読んだ文をもう一度読む。

 やけにくだけた文章、要約するとこういった内容だ。


 島で起きた事件から三年の月日が流れた。まだ思い出として語るには些か辛すぎる事件ではあるが、犠牲者の安らかな眠りを祈るという意味も込めて、再び親族と使用人で集まることはできないだろうか。

 場所は勿論、赤崎サチヱが買いその上に屋敷を建てた離島、『俯瞰島』だ。

 期間は三日間。

 当然私だけでなく樹里の参加も期待している。

 そしてそこで今後島を売却するかの話し合いも行うそうだ。


『次は~……』


 電車のアナウンスが流れる。私は財布からICカードを取り出して、停車駅に降りる準備をした。

 ……隣には誰も座っていなかった。



「やっぱり暑すぎ……」


 自然と言葉が出ていた。そんな私を煽るように、蝉たちの鳴き声が耳に響く。

 私が降りたのは三年前と同じ無人駅。あれから改修工事がされたわけもなく、以前と同じようにICカード専用の自動改札機と切符の回収箱が私を出迎えた。


 カードを改札機にかざし、駅から出る。


「仕方ない。歩くか」


 やはりタクシー乗り場なんて存在しない。ただ閑散とした街並みが広がっている。

 ここからフェリー乗り場までは数キロほど歩かなくてはならない。しかし今の私は以前よりも体力がついている。数キロ程度なら余裕のはずだ。


 ……そう思っていたのだが、やはり日差しの下を歩くと体力は一気に削られてしまった。

 日陰の下に逃げて汗を拭きながら歩いていると、小さな駄菓子屋が見えた。


「アイスでも買おうかな」


 涼みたいというわけではなく、ただ思い出に浸りたかっただけだ。

 ……ここは彼女と最初に出会った場所。


──だからこそ、最初は私の脳が生み出した幻覚なのだと思った。


「……あっ」


 駄菓子屋の前に設置されているベンチに、一人の少女が座っていた。私はその少女に思わず見惚れてしまった。

 白い肌、白色のロングヘア、白のワンピース。まるで全身に雪をまとったかのように真っ白な少女。


「──私に何か用か?」


 少女が私の存在に気付き、深紅の瞳で私のことを捉える。

 彼女の姿を見て、以前の私なら遠い国のお姫様、もしくは創作物に出てくるような吸血鬼を想像していたのだろう。


「ごめん……。君ってここら辺に住んでいる人?」


 私はわざとらしく、あの時に言った台詞を呟いた。

 すると少女が恥ずかしそうに頬を掻く。


「いや、謝るのは私の方だ」

「……そんなことないよ」


 ……会話が続かない。これじゃまるであの時と一緒だ。


 冷凍庫からアイスを取り出し、レジへ持っていく。店主の老婆に代金を支払い、少女の隣に座った。

 少女は私のことをじっと見つめながら、ラムネを口に放り込んだ。


 彼女の首筋に汗がたらりと流れる。そんな当たり前の様子に、私は何故か涙がこぼれそうになってしまう。

 私はそんな自分を恥じながら、買ったアイスをかじった。アイスの冷たさとソーダの清涼感を感じる余裕は私には無かった。


「じゃあ、君も旅行で来たの?」

「まあ、そんなところだな。私も旅行でここに来たんだ」


 何故こんな会話をしているのか。もっと適した話題があるはずなのに。

 ……きっと、私も彼女もまだこの状況に戸惑っているのかもしれない。


「私、これからフェリー乗り場に行くんだ。君は?」

「私も同じだよ。……四条(しじょう)一二三(ひふみ)

「……うん。そうだよね」


 二年ぶりに、彼女が私の名前を呼んでくれた。

 永遠のように思えた地獄から、私はついに解放されたのだ。


「私は赤崎樹里。お前の大切な家族だ」


 大切な家族。それを聞いて心臓を鷲掴みにされた気分になる。

 ……そう。樹里は私にとって大切な家族なのだ。


「樹里ちゃんは一人で来たの?」

「あぁ、こっそり病院を抜け出してな。起きたのは昨日、服は一二三が持って来たものを使わせてもらった」

「フフッ、じゃあ今頃病院は大騒ぎだね。スマホ家に置いてきてよかった」


 きっと今頃私のスマートフォンは病院からの電話でずっと無意味な着信音を鳴らし続けているのだろう。


「島のやつらにはもう連絡が行ってるだろうな。サプライズは不可能だ」


 樹里は淡々と言った後、ジュースを口にした。

 穏やかな時間が流れる。できることなら、もう少しだけこうしていたいほどだ。

 しかし、時計を見ると集合時間の十分ほど前。私は一つの決意をした。


「ねぇ、このまま海を見に行かない?」

「海なら港でもそうだが、島に行けば飽きるほど見れるだろ」

「そうじゃなくて、二人だけでもっと遠くに行こうよ」


 そう提案して、樹里の手を握った。すると彼女は微笑み、立ち上がった。


「なら急ぐぞ! 電車に間に合わなくなる!」

「うん! でもそんなに焦らなくても、あの駅一時間に一本しか電車来ないよ?」


 そしてまだ休みたがっている身体を無理矢理動かす。行き先はフェリー乗り場ではなく先程降りたばかりの無人駅だ。

 たしかにここでも海を見ることはできる。しかし、どうせなら誰も知らない場所に行きたい。樹里もそう考えているのだろう。


 ……この気持ちの正体を、今の私は知っている。

 彼女と出会ってからの三年間、私は様々な死をこの目で見てきた。きっと彼女と出会わずに、父と母の真実を知ることなく過ごしていたら、私は今頃もっと普通の生活をしていたのだろう。

 それでも、私は迷わずに答えることができる。

 私は彼女と出会ったことを後悔なんてしていない。何故なら──


「──樹里ちゃん、大好き!」

「……私もだ、一二三」


 樹里が立ち止まる。

 蝉の声なんてもう耳には届かない。まるで彼女と一緒に音の無い深海に潜ってしまったのではないかという気分になる。

 届くのは彼女の声だけ。探偵としての彼女ではない、普通の……どこにでもいる少女のような言葉と表情が優しい光となって私を包み込む。


「私もお前のことが大好きだ」


 白髪の少女が、満面の笑みで言った。



遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。 了

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