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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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12話 嫉妬の罪②

 ……誰も否定しない。ただ無言で俯いている。

 正直、否定してほしかった。だが、どんなに期待しても部屋はずっと沈黙に包まれていた。


「……そう、四条(しじょう)一二三(ひふみ)の両親、それは赤崎(あかさき)武司(たけし)と赤崎加奈子(かなこ)の実兄妹だ」


 代わりに樹里(じゅり)が言った。淡々と、ただ事実をなんの躊躇(ためら)いもなく。


 舞台の仕事を休み、一年ほど島で休養していた理由。最初にそれを聞いた時、病気や怪我のせいだと思っていた。だが、それだと使用人を全員休ませた理由を説明できなかった。


 ……本当の理由は、彼女が妊娠してしまったからだ。

 別にそのことに嫌悪しているわけではない。ただ、もっと早く言ってくれれば……。

 きっと、加奈子おばさんも、父の死を伝えることができなかった私と同じで、足踏みしてしまったのだろう。そして本当なら、今日彼女の口からこのことを知るはずだったのだ。


 ……喪失感。

 私はただ、復讐したい一心で真相を求めていた。それなのに……。


「これは私の想像だが、加奈子殺しはイレギュラーだったんじゃないか? だがこの事実を知ってカッとなって……といった感じか?」


 ……どうして。

 樹里は顔色一つ変えずに、自身の父に告げる。私が感情的なだけなのだろうか。もう、何もわからない。


「……違う」


 栄一(えいいち)が声を振り絞るように言った。


「まだ足掻くつもりか?」

「そうじゃない……。加奈子だけじゃなくて、全部がイレギュラーだったんだ……」


 そして語り始めた。自身の過去、そして加奈子おばさんとの話を……。



 母の手術前日。まだ子供だった俺は、サチヱに感謝していた。


 数ヵ月前に母と行ったテレビ番組の観覧。その番組には、ゲストとして赤崎サチヱが出演していた。

 俺はその時彼女にまったくと言っていいほど、良いイメージなんて持っていなかった。

 世間は彼女を本物ともてはやしているが、俺は信じていない。あんなの、ただそれらしいことを言ってるだけだ。

 コールドリーディング。当時の俺はその言葉を知らなかったが、その方法で占っているフリをしていると考えていた。


 その日も、ずっと冷めた目でサチヱの占いを眺めていた。観覧席の客を適当に選んで占う姿……、どうせ全部番組側の仕込みだ。

 だが、彼女が母を見た時の表情は、今でも忘れることができない。


「今ならまだ間に合う。病院へ行った方がいい」


 真剣な目でそう言われ、母は頷くことしかできなかった。


「何かあったらここへ」


 そしてサチヱは母に名刺を渡した。


 数日後病院へ行き検査をすると、母の体内に腫瘍が見つかった。

 幸いなことに早期発見だったおかげで、簡単な手術で取り除くことができると医者は言った。

 ……俺はこの時実感した。赤崎サチヱは本物なのだと。


 手術直前。俺はサチヱに感謝を伝えるために電話をかけた。今よりプライバシーにおおらかな時代だったが、流石に彼女の家の電話番号なんて、あの時に名刺をもらわなければわからなかっただろう。


『も、もしもし……』


 出たのは幼い女の子。サチヱはいなかった。結局俺は彼女に伝言を残して電話を切った。

 この時の女の子が赤崎加奈子であることを知るのは、もっと後の話だ。


 手術は成功。そして俺と母は裕福ではないが、幸福ないつもの生活に戻れるはずだった。


 退院して一ヵ月ほど経った頃に出たとある雑誌。

 そこに書かれていたのは、サチヱに対してあることないことを語る記事。それに俺は憤慨した。

 あの人は本物だ。あの人のおかげで母が救われた。だから、世間がどんなにサチヱのことをこき下ろしたとしても、俺たちだけは彼女の味方でいよう。

 そう思っていたのに、彼女は俺たちの味方ではなかった。


 連日のように訪れるマスコミ。……どこから情報が漏れたのだろう。

 どうやらマスコミたちは、母のことを詐欺師赤崎サチヱの共犯者にしたいらしい。だが、そんな事実は一切ない。何度もそう説明しても、次の日にはまた同じ人間が同じことを聞いてくる。

 ……次第に母が営む酒屋には客が来なくなり、害しかないマスコミだけが店に来るようになった。


 売上を眺めながら頭を抱える母を見て、何もできない自分が歯がゆい。


 頼れるのは、サチヱしかいなかった。そう考え、二度目の電話をかける。……だが、電話が繋がらない。

 赤崎サチヱは自身の家族を連れて何処かへ行ってしまった。……俺たちは体のいいスケープゴートとして見捨てられたのだ。


 それから数日後、学校から帰ってきた俺はマスコミを無視して裏口から家に入る。一週間ほどこの生活を続けて、もう慣れてしまった。


「ただいまぁ」


 返事が返ってこない。

 嫌な予感が心の中でドンドン大きくなる。俺に未来を見る力なんてない。だからこれがただの杞憂だと信じながら、寝室の扉を開けた。


「あ、あぁ……」


 ……嘘だ。


「ああ、ああああああ」


 目の前の光景を信じたくない。夢であってほしい。だが、どんなに経っても夢から覚めることはない。自然と口から声が漏れる。


「うわああああああああああぁぁぁ‼‼」


 首を吊った母の姿。

 この数日で母がどんなに追い込まれていたか知っているつもりだった。だが、俺が思っているよりも、母は深刻な状態だったらしい。


 どうやって通報したかなんて覚えていない。気づくと俺は救急車の中にいた。


 ……もう少し早く見つけていれば、母は助かったかもしれなかったらしい。無神経な警察官にそう言われ、俺は無能な自分を憎んだ。

 俺にサチヱのような力があれば、こんなことにはならなかったのに。そして一度は母を救ってくれた彼女は、俺たちを見捨てて逃げた。


 週刊誌に彼女がどこへ逃げたのか書かれていた。

 ……俯瞰島。彼女が買った島に名付けられた名前だ。


 ……許さない。俺は赤崎サチヱ、そして赤崎家への復讐を誓った。俺と同じ目に会わせてやる……。


 それからは地獄のような日々だった。

 高校には行かずひたすら働き続ける。母の営んでいた酒屋は親戚に預けた。最低限の生活費以外はほぼ全て貯金。……人を殺すのには金がかかる。それに加えて場所があの島となると更に費用がかさむだろう。


 そんな生活を過ごして、二十を超えた時、俺は加奈子と出会った。

 最初は赤崎家の人間とはわからなかった。ただ彼女の明るい姿に惹かれたのだ。

 彼女が赤崎家の人間であることを知った時、残念であると同時に好都合だと感じた。彼女を使えば簡単に犯行ができるかもしれない。そう考えた俺は、彼女と結婚し子供も作った。……だがそれが悪手だったと気づくのはもう少し後だ。

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