12話 都合のいい妄想
「十番目の事件で殺害されたのは岸部政宗さんのお父さん、岸部行村刑事です。彼が十二年前の事件の犯人だったんです」
「だけど彼は何者かに殺害された」
犯人はアルファベット順になるように凶器を選んだ。つまり二十六人もの人間を殺すつもりだったはずだ。
だが何故十番目の事件を起こして犯人は十年もの間姿を消したのか。
その答えは犯人がこの世からいなくなり十一番目の事件を起こすことのできる人間がいなくなったからだ。
なら誰が行村を殺害したのかという疑問が残る。恐らくその答えは……。
「岸部政宗、幼い頃の彼が自身の父親を殺害したんです。きっと彼は犯人が父親であるということを突き止めたんだと思います」
「それでこれ以上人を殺すのを止めようとして、誤って殺害しちゃったってわけ?」
「いえ、違います」
私は断言した。
「たしかに最初はそれも考えました。ただ父親が過ちを犯すのを止めたかっただけ、お父さんのことを思っての行為だと。……でも、それだったら凶器にわざわざ頭文字が『J』になるものを選ぶ必要がありません」
「それもそうだね」
「多分、政宗さんはお父さんの意思に共感したんだと思います。そして自分の手で実行したくなった……」
だから父親が邪魔者になった。
……それで幼い政宗は自らの手を汚して十番目の事件を起こした。そして『AZ事件』の主犯を引き継いだ。
「だけど当時政宗さんは子供でした。『AZ事件』を本格的に引き継ぐには何もかも不足していた。だから十年かけて準備したんです」
「お金、経験、そして共犯者」
「……そのために、彼はお父さんと同じ刑事になった」
そして行村が死んでから十年経った二〇一九年四月から政宗は事件を再開した。
彼は十年の間で計画のための資金、人を殺める経験、自身の考えに賛同する共犯者を揃えた。共犯者は桔梗・蓮華姉妹、宿毛右今、幸田権平。それに鶴居祥子と宮森麗奈になりすましていた『名無しの悪意』たち。
「偽祥子さんは言っていました。そういう組織があると。それを作ったのが政宗さんなのか、それとも行村さんが作ったのを引き継いだのかはわかりませんが」
その組織は今も残っている。
私が樹里の代わりに探偵をしているのは勿論彼女を奪った謎という存在への八つ当たりでもある。しかし、一番の目的は組織の残党を見つけることだった。
「何人くらい捕まえたの?」
「事件自体は五件くらい……でも捕まえたのはゼロ人です」
「逃げられちゃったんだ」
私は首を横に振った。
たしかに事件は解決して犯人も見つけた。しかし捕まえることはできなかった。だからといって犯人に逃げられたわけではない。
「全員亡くなりました。自ら毒を飲んで」
「双子塔の時みたいに?」
「そのことも知っていたんですね」
偽祥子は最後に自ら毒を飲んで命を絶った。きっと他の『名無しの悪意』たちにも同じことを教えていたのだろう。我々に余計な情報を与えないために。
犯人は自害した。そしてその遺体を調べても組織に繋がるようなものは何も出てこなかった。
「多分、他にも内通者がいるんじゃないかと。私はそう考えています」
「岸部親子の他に内通者が?」
「はい。政宗さん一人だけで簡単に事件の揉み消しができたとは思えませんから」
六巳百華が起こした事件は揉み消され、ただの事故や病気として処理された。
しかし岸部政宗は一刑事でしかない。彼一人にそんなことができたとは到底思えない。もっと上に、そして何人もの内通者がいなければ、不可能なはずだ。
「もっと上……たとえば警察庁の人間とか」
「それは……ちょっと痛い陰謀論みたいだね」
「えぇ、私もそう思います」
私は愛想笑いをしながら立ち上がった。
「じゃあ、私はそろそろ帰ります。多分近いうちに警察の人が来るかもしれませんから、逃げた方がいいと思いますよ」
「……ご忠告どうも。でもどうして? 私は人殺しだよ」
「それでも、貴女は樹里ちゃんの友人ですから。だからといって樹里ちゃんを傷つけたことは許していませんが」
すると琴子は悲しそうに微笑んだ。
彼女は樹里のことをどう思っているのだろう。友人というのも私の妄想でしかないのかもしれない。
……だが、信じたかった。
日守琴子は狂人だ。彼女が何を考えているのか、私にはわからない。だからこそ、あの事件が本当に樹里のためにやったことなのだと、信じたかった。
「あの頃は樹里ちゃんのこと妹みたいなものだと思ってたけど、今はちゃんと家族ができたみたいだし。……うん、友達だったのかな」
「それじゃ、失礼します」
「──ちょっと待って」
琴子が呼び止める。
「まだ何か?」
「実はね、樹里ちゃんのために事件を起こしたっていうのは半分嘘なんだ」
「……え?」
「たしかにあの時の樹里ちゃんはすごく退屈そうだったから、無理矢理でも非日常を経験させたら楽しめるんじゃとは思ったけど……。それ以上に、私は樹里ちゃんと勝負をしてみたかったんだ。……これが私の本当の動機」
「そうですか……」
私は何も考えないようにしながら急ぎ足で病院を出て、駅近くのビジネスホテルに向かった。
やはり琴子は狂っている。そんなことのために彼女は樹里の心を滅茶苦茶にしたのだ。
気づけば私は手のひらに爪が食い込み、血が出るほどまで強く拳を握り締めていた。
翌日、一泊した私は帰りの新幹線の中で琴子のことを考えていた。
何故岸部政宗は彼女と会ったのに、彼女のことを殺さなかったのだろう。
琴子は十分に条件を満たしていたはずだ。それでも殺さずにしかも自供とも取れる発言をしたのか。その理由は当時彼女が眠っていたからではないはずだ。
「……まさかね」
これはただの妄想、証拠は何もない。
もしかしたら政宗はもうとっくに父の計画なんてどうでもよくなっていたのかもしれない。ただ彼は琴子と同じように樹里と勝負がしたかった。
日守琴子が死ねば樹里は拠り所を失い、正常な判断ができなくなる。岸部はそう考えたのかもしれない。
それと同じ理由で私のことも脅しに使うだけで殺そうとはしなかった。そして条件を満たしていない那由多を殺そうとした偽麗奈のことを殺害した。
……何故なら、無差別な殺人はアンフェアなルールだから。
「なんて、流石に都合がよすぎるか」
政宗は何の罪もない浦崎刑事を殺害している。それに対戦相手である樹里も殺そうとした。それこそアンフェアだ。
だが、もしかしたら彼はそこも含めて、樹里なら解くことができると考えていたのかも……いや、やはりただの妄想だ。
私は来る時よりも膨らんだバッグを膝の上に乗せた。中には先程急いで買った那由多たちへの土産が入っている。
だが、流石に買いすぎてしまったようだ。遠出するたびに、どうしても私は一人分多く土産を買ってしまう。
樹里が目覚め、山のように積まれた土産を見たら彼女は一体どんな反応をするのだろうか。




