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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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11話 Imaginary World②

「なんで、なんでお前がそんなことしてるんだよ⁉ ……政宗(まさむね)ッ!」


 岸部(きしべ)が落ちた拳銃を拾おうとすると、近衛(このえ)刑事が再び拳銃を構える。


「それ以上動いたらもう一度撃つ。今度は頭だ」


 警告に岸部は拾うのを止めてゆっくりと両手を上げた。それを見た近衛が持っていたトランシーバーに何か語りかける。

 するとトンネルの向こうからサイレンの音を鳴らしながら何台ものパトカーと一台の救急車が姿を現した。

 パトカーから降りてきた御剣(みつるぎ)警部補が部下に指示を出す。他のパトカーから降りてきた彼の部下たちは躊躇いつつも岸部に拳銃を向けた。

 意識を失った樹里(じゅり)が救急車に運び込まれる。そして車はすぐに発車した。


「どうしてここに……」

「お前たちが俺に電話してきたからだよ」


 たしかに私も樹里も岸部の居場所を知るために近衛に連絡した。それを不審に思い近衛は御剣のそのことを報告したのだろう。


「これでお前の負けは確定だ。もうこれ以上人殺しはさせない」

「御剣警部補がそんな真面目な人だとは思いませんでしたよ。貴方もあの女も、こっち側の人間だと思ってましたよ」

「それは違います!」


 思わず反論していた。


「樹里ちゃんは普通の女の子です! 貴方たちみたいなのと一緒にしないでください!」


 これ以上この男と無駄な会話をする必要なんてない。

 岸部に警察官たちがゆっくりと近づく。


「貴方は樹里ちゃんのお父さん、他にも何人もの人を殺害したんです。大人しく罪を償ってください」


 栄一(えいいち)の遺体を発見する前夜、岸部に電話をしたが繋がらなかった。あの時私たちは栄一を捜していて携帯電話の電源を切っていたと考えていた。

 しかし、実際には件の冷凍倉庫の中にいたのだ。あの中は圏外、だから私たちからの連絡が通じなかった。


「──動機」

「はい?」

「そういえば、赤崎(あかさき)樹里は動機を見抜けなかったなと思って」

「……動機なら多分」


 十年前の犯人と岸部は意図的に犯罪者を狙っていた。

 行村(ゆきむら)浦崎(うらざき)は例外として、彼は樹里のことを殺そうとした。その理由は彼女が過去に罪を犯しているからだ。つまり、彼女も被害者たちと同じ共通点を持っている。


 過去の私が父に答えたこと。もし岸部が幼い私と同じことを考えているとしたら、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。


「それは、犯罪者を減らすため…とか」


 私はあの時父に言った。「犯罪者を殺していけば、犯罪は減るよ」、と。勿論そんなの机上の空論でしかない。だが幼い私は本気でそう考えていた。


 被害者たちには罪を犯しているという共通点しかなく、被害者と岸部、そして被害者同士に繋がりはほとんどない。

 なら、犯罪者を殺すこと自体が目的だとしたら。そうだとしたら被害者の繋がりなんて微塵も関係ない。


「まぁ、概ね正解ってところかな」

「そ、そんな馬鹿げたこと……」


 近衛たちが動揺した瞬間だった。岸部が懐から二つ目の拳銃を取り出して、自身の頭に銃口を当てた。


四条(しじょう)一二三(ひふみ)、お前ならわかるはずだろ? もし俺が犯罪を減らしたくて犯罪者を殺しているとしたら。たしかに犯罪者が死ねば犯罪者は減る。だが絶対にゼロにはならない」


 父にも同じことを言われた。

 どうやったら犯罪がなくなるのか。私は過去と同じことを言った。


「最後にその犯人が死ねば、犯罪者はいなくなる」

「……そういうこと。そういえばまだ一つだけ謎が残っている。もうその答えを知る人間はいなくなるけど」


 岸部は最後に笑うと、躊躇わずに引鉄を引いた。



 病室のベッドに横たわる樹里の手を握る。

 岸部刑事が頭部を自ら撃ちぬいてから三日も経過していた。当然彼は即死、動機もどこまでが本気なのかわからないままだ。

 心電図モニターの音だけが響く病室に近衛刑事が入ってきた。彼は私の顔を見るとため息を吐き、頭を叩いた。


「少しくらい寝たらどうだ?」

「樹里ちゃんが起きた時、一人だったら可哀想ですし」


 樹里が眠り続けている三日間、私は一睡もせずに彼女を見守り続けた。きっとすぐに目覚めることを信じて。


「生きているだけでも奇跡だとよ。心臓に当たらなかったのは幸運だったな」

「そう、ですね……」


 弾は彼女の身体を貫通した。そのおかげで弾丸が体内に残ることはなかったが、彼女の体内からは大量の血が失われた。そのせいか彼女は手術後もずっと眠り続けている。

 医者はじき目覚めるだろうと言った。私はその言葉を信じて待ち続けた。 

 しかし、彼女は二年経っても起きることはなかった。



二〇二一年 五月


「──これが二年前の『AZ事件』で起きたことです」


 現在私がいるのは樹里が眠る東京の病院ではなく、九州の田舎にある古い病院。

 私は事件の直後に目覚めて行方をくらましていた日守琴子(ひもりことこ)に呼ばれ、ここに来ることになった。


「なるほどねぇ。それで、もう一人の犯人は誰だかわかった?」

「えぇ、話していたらわかりました」


 その答えは浦崎刑事が最後に遺したメッセージに隠されている。


「『AZJ』、これがほぼ直球の答えだったんですね。『AZ』は勿論一連の事件のことです。そして『J』はその中の十番目の事件を意味しています」


 被害者たちを殺すのに使われた凶器は英訳して頭文字がアルファベット順になるように選ばれている。

 十番目の事件で使われたのは小型の折り畳みナイフ、所謂ジャックナイフだ。つまり『Jackknife』ということだ。


「浦崎さんが遺したメッセージの意味は『JがAZ事件の犯人』……。そして十番目の事件で殺害されたのは岸部政宗さんのお父さん、岸部行村刑事です。彼が十二年前の事件の犯人だったんです」

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