10話 Run. Run! Run‼①
廃墟と化した古城で目を覚ます。
茜、那由多、美鈴の三人に別れの挨拶を終え、私は犯人のいる場所に向かうためにバスに乗った。そしてその道中で誘われるように遊戯世界に落ちていった。
「まぁ、お前たちにも言っておくべきだったし、丁度いいか」
「……本気なの?」
『双貌の魔女』が私の腕を掴む。その表情は真剣そのもので、いつもの人を嘲笑う魔女の姿はどこにもいない。
「当然だろ。最悪でも相打ちに持ち込めればそれでいい」
私は浦崎が送ってきた拳銃で犯人を撃ち殺すつもりでいた。
「刑事さんがそれを送ったのはあくまで自衛のためで!」
「わかってる。だがそれじゃ気が済まないんだ。……逃げるつもりなんてない。相打ちにならなければすぐに自首するさ」
一二三は捕まった私のことを待ってくれるだろうか。
以前に彼女はもし私が人を殺したらずっと待つと言っていた。あの時は思わず重いと冗談を言ってしまったが、本当は感謝していた。
私は罪を犯している。
琴子が今も眠っているのは私のせい。ナイフを刺したのは彼女自身、しかしナイフを抜いて大量の出血をさせてしまったのは私の愚かな行動のせいだ。
だからこそ、もしこのまま彼女が起きることなく死んでしまえば、彼女を殺したのは私ということになる。
勿論一二三に許されたからといって私の罪が消えるわけではない。そしてこれから私は新たな罪を犯そうとしている。
……それでも、私はもう歩みを止めることなんてできない。
「だから一二三のことは頼んだぞ」
「そんな勝手なこと言われても……」
「ナユは嫌です」
『那由多の魔女』がハッキリと拒否する。彼女は『双貌』と違って四条那由多のもう一つの人格という側面も持っている。
つまりこれが先程会った時は強くは言ってこなかった那由多の本音でもあるということだ。
「そんなことして、一二三さんが喜ぶと思ってるんですか⁉ 貴女がやろうとしてるのはただの自己満足ですよ!」
「……そうだな。これはただの自己満足だ」
きっと周りが求める『赤崎樹里』もこんなことはしようとしないだろう。
「私があいつを止める」
すると二人の魔女はため息を吐いた。
「何を言っても無駄みたいだけど、これだけは言わせてもらうわ。……もし四条一二三を悲しませるようなことをしたら、私達は貴女を絶対に許さないから」
「……善処するよ」
「絶対に、絶対にですからね!」
絶対に意思を曲げるつもりはない。……そう思っていたはずなのに周りの反応を見ていると徐々に揺らいでしまう。
一二三に止められたら絶対に諦めてしまっていた。だから彼女には何も言わずにここまで来てしまった。そのはずだったのに……。
「あぁ、……わかったよ」
いつの間にか、私には捨てられないものが増えすぎていた。
以前の私なら絶対に捨てていたもの。だが不思議と嫌ではなかった。
★
降車ボタンを押し、バスが停留所に停まる。
バスから降りて、私は立ち入り禁止の看板が貼られたフェンスを見た。フェンスの先にはヒビだらけの古い道路が続いている。
「この先に……」
フェンスの向こうに犯人がいる。私はフェンスに空いた穴から中に侵入し、先へ進んだ。
ヒビのせいで、注意して歩かなければすぐに転んでしまいそうだ。そしてそんな道の先には古いトンネルが建てられていた。
「……一二三」
ふとその名前を口にした。
彼女は今何をしているのだろう。
時刻は午前七時、もしかしたらまだ寝ているかもしれない。だとすれば、彼女が目覚めた時には全てが終わっている可能性が高い。
「全て終わらせて、帰らないとな」
犯人を捕まえて私たちの家に帰る。そうしなければ一二三が悲しむ。それに魔女たちとした約束を破ってしまうことになる。
私は去年の夏、彼女と出会ってからのことを思い出しながら、トンネルに足を踏み入れた。
●
「んぁ……あれ……?」
ゆっくりと起き上がる。仮眠のつもりがガッツリ眠ってしまっていたようだ。
寝室を出てリビングに行くが樹里はいない。その代わりテーブルの上には電源が点けっぱなしのノートパソコンとボールペンとノート、そしてA4サイズの紙が広げられていた。
「何これ。子供向けのポスター?」
アルファベットの一覧が載った子供向けの学習ポスターだ。だが何故部屋にこんなものが?
そしてノートには樹里の筆跡で英単語がいくつも書かれていた。
Axe.
Bomb.
Cutter.
Dust.
Express.
Fire.
Glass.
Herb.
Ice.
Jackknife.
Kitchen knife.
Lost.
Machine.
Nail.
Oxygen.
Poison.
Quartz.
Rope.
Shotgun.
Telephone.
この英単語たちが何を示しているのか。それはすぐにわかった。
「これって、今までの事件で使われた凶器?」
一見バラバラのように思えた凶器。しかし英訳して時系列順に並べれば、その法則が見えてくる。
凶器の頭文字を見ると、A,B,C,D……とアルファベット順になっているのだ。
そして現在は浦崎の死亡で『T』まで終わっている。つまりこれが『Z』まで続くのなら殺されるのは後六人ということになる。
「でも、だからといって犯人が解るわけじゃないんだよね……」
ポスターの裏を見ると持ち主の名前が書かれていた。
『うらざき ちなつ』
恐らくこれは浦崎が樹里に送ったのだろう。ただ、私は『ちなつ』という人物を知らない。……浦崎の娘の可能性が高いとは思うのだが、彼に娘がいるなんて話を私は今まで一度も聞いたことがない。
「浦崎さん、犯人を恨んでるだろうなぁ……」
これを送ったということは浦崎は樹里よりも先に凶器の法則性に気づいたということになる。そしてポスターに書かれているメモとノートパソコンに表示されているリストを見ると、被害者も岸部行村と浦崎を除けば全員がなんらかの罪を犯している。
そうなると、犯人の目的は……。
「いや、まさかね……」
私は昔父とした会話を思い出した。