9話 Unknown②
「……クソッ!」
樹里が力強く壁を殴る。
私も同じことをしようとしていたが、樹里のおかげで思いとどまった。だが、このドス黒い感情が消えることはない。
「なんで……なんで浦崎さんが」
「まさか二十人目の被害者があいつになるとはな……。増々被害者の共通点がわからなくなってきた」
共通点……。それを考えた時、一つの可能性が私の頭の中で浮かんだ。
「もしかして、被害者に関連性はないというか、犯人は殺す相手なんて選んでないんじゃないかな。所謂、快楽殺人ってやつかも」
「ならこんな用意周到な犯行をするとは思えないが。現に犯人は多数の協力者を用意しているわけだしな」
たしかにただ人を殺したいという理由だけで何人もの共犯者が集うとは思えない。
そして偽麗奈は昨日の配信で言っていた。「私とあの人の目的は違う」と。つまり犯人にも何か目的があるということだ。
「殺されたのは午後十時半以降、駅前の監視カメラに浦崎が映っていたのがその時間だ。その時俺たちがここにいたら、こんなことにはならかったはずなのにな」
御剣警部補が辛そうに呟く。
署内には浦崎一人だった。だからこそ犯人は彼をここで殺害したのだ。
「それで、浦崎の死因は?」
浦崎の遺体は既に運び出されていて現場にはない。デスクと床に貼られている白いテープだけが、彼の死亡時の状況を私たちに知らせていた。
「首を絞められて窒息死、凶器として使われたのはデスクの上に置かれている電話だ」
固定電話の受話器がデスクの上に無造作に置かれている。受話器から伸びているコードで浦崎の首を絞めたのだろう。
「そして犯人は殺害後、いつも通りこれを残したわけか」
デスクの上にあったのは凶器だけではない。アルファベットのプレートが今まで通り置かれていた。
だが何故浦崎が殺されなければならなかったのか。それがどんなに考えてもわからない。
「それともう一つ。これがポケットに」
そう言って近衛が一枚のメモ用紙を見せる。
メモにはアルファベットが三文字書かれていた。
『AZJ』
最初の二文字は現場に残されるプレートと同じだ。しかしその後の『J』が何を示しているのかがわからない。
そもそも『AZ』の意味すらわかっていないのに、そこに一文字足されたら余計意味不明になってしまう。
「これって、浦崎さんの最後の言葉……ダイイングメッセージなんじゃ」
「そんなわけないだろ」
岸部の言葉を樹里が一蹴した。
「ダイイングメッセージなんて小説やドラマの世界にしか存在しない、ただの空想の産物だ。あったとしてもこんな暗号じみたものを書くわけがない。これは浦崎が書いた意味のないメモ、もしくは犯人が書き残したものだ。後者の場合は重要な証拠になる。筆跡鑑定をさせろ」
樹里がそう言い切ってメモ用紙を突き返した。
たしかに一見すると意味の無いように思えるメモだが、本当に書かれている文字に意味はないのだろうか。
まだ直感でしかないのだが、『J』という文字には事件の重大なヒントとなる意味が込められているような気がした。
●
目を開ける。帰って再びリストを眺めていたが、結局夜になっても新たな情報は何も得られず気づけば眠ってしまっていた。
時計を見ると時刻は午前五時、既に栄一が殺されてから六日も経っている。それなのに犯人の輪郭すらもつかめていない。
眠気覚ましに自販機でコーヒーでも買おうと外に出ようとすると、郵便受けから袋がはみだしていた。
取り出したが袋には何も貼られていない。
「宛先はなし、切手も貼られていない……」
嫌な予感がした。
そう感じた原因は双子塔での事件に巻き込まれるきっかけになった封筒だ。あの中には一二三を盗撮した写真が入っていた。
あれも何も書かれていない封筒が郵便受けの中に入っていた。
恐る恐る中を覗く。
袋の中身は折りたたまれた紙と小さなダンボール箱だ。
部屋に戻り、まずは紙を広げた。
「ポスター……?」
子供向けの英語学習のポスター。アルファベットが一文字ずつ書かれていて、それぞれの下に小さく英単語とイラストが添えられている。
ポスターの端には手書きのメモが付け加えられていた。ご丁寧にメモを書いた人物の名前も書かれている。
『狩野二奈、林楓花の二人は過去に万引きや傷害等で補導された経験がある。 浦崎隼人』
「浦崎……」
これこそ、彼の遺した最後のメッセージだ。そのおかげで被害者の共通点が見えてきた。というより、やっとはっきりとした確信を持てたと言うべきだろうか。
少なくとも刑事二人以外の被害者たち全員がなんらかの罪を犯している。犯人はそれを知っていたはずだ。
そして私はダンボール箱を手に取った。
「あとはこっちだな」
浦崎が送ったものなら中身も危険なものではないはずだ。私は特に何も考えずにダンボール箱を開けてしまった。
「……は?」
一度箱に中身を戻す。流石に何かの見間違いだと信じたかった。
「あいつ、何を考えてこれを送ったんだ?」
一二三にバレる前にこれを処理しなくては。私はもう一度箱から中身を取りだした。
「あいつ……買い被りすぎだ。こんなもの、私が使ったことがあるわけないだろ」
ダンボール箱の中に入っていたのは拳銃、つまり人を殺すための道具が入っていた。
恐らく犯人に襲われた時のために送ったのだろう。一二三がかかってしまったとはいえ、犯人は一度私のことを殺そうとしている。
被害者たちの共通点が確かなら、私にもそれが当てはまっている。
「私も罪を犯しているわけだしな」
ため息を吐きながらポスターをもう一度見る。
「アルファベット……」
そして私はあることに気づいた。
「そうか、そういうことか!」