9話 Unknown①
暗い部屋でノートパソコンの画面を睨む。隣では眠る一二三が私にもたれかかり体重を預けていた。
画面に表示されているリストは当然浦崎から受け取ったもので、事件の被害者たちの情報が載っている。そしてその中には私たちの知らない、芦田恭一と赤崎栄一の間で起きた事件についても書かれていた。
「十二人目の犠牲者……失踪?」
被害者の名前は城ケ崎敦夫。だが彼は他の被害者たちと違って遺体はまだ見つかっていない。同じなのはアルファベットのプレートが見つかっているということだけだ。
城ケ崎の部屋には他の現場と同じように『A』と『Z』のプレートが置かれていた。
「恐らく城ケ崎敦夫は既に死亡しているはずだ。偽麗奈……いや、本当なら那由多が十九人目の遺体になるはずだった。城ケ崎が死亡してなければ十八人になる」
犯人たちは数字に執着している。その理由は解らないが、犠牲者の人数は信用してもいいはずだ。
「十三人目の被害者は林楓花。工場の巻き込まれ事故で死亡か……」
林の勤務していた工場に設置されている機械が原因で死亡、普通に考えればただの不幸な事故でしかないはずだ。
しかし、現場にはプレートが残されていた。つまりこれも犯人によるものだということになる。
「被害者の共通点……、何かあるはずなんだ……」
被害者たちの共通点が見つからない。しかし、不自然な点がある。
「やけに前科持ちが多いな」
栄一だけではない。結果的に罪に問われることのなかった芦田と宮代も含め、過去に罪を犯している人間ばかりが被害に遭っている。
だが全員ではない。カッターで切り裂かれて死亡した狩野二奈、捜査中に犯人に返り討ちに遭った岸部行村、そして林楓花の三人はリストに犯罪に関わっていた過去があるという情報は記載されていない。
「被害者も凶器もバラバラ……、犯人は何がしたいんだ?」
十九人もの犠牲者が出ているというのに、それが未だに判明していない。
犯人は自己顕示欲が強く、私たちのことをなめている。そのことだけわかっていても、犯人にはたどり着けない。
「犯人は何人殺すつもりなんだ……?」
そして次の犠牲者は一体……。
私はため息を吐きながらノートパソコンを閉じ、一二三の頭を撫でた。
この時の私は次の犠牲者が彼になるなんて、微塵も考えていなかった。
●
暗い部屋の中でパソコンの画面を見つめる。
岸部と近衛、そして御剣も今はここにはいない。私一人だけが署に残り続けてリストとにらめっこしている。
「十九人……」
樹里の言う通りなら、犠牲者の数には意味がある。
そしてバラバラの凶器、これにも意味があるはずだ。意味がないのならわざわざ凶器を全て別にする必要性もない。
「最初の事件は斧、次は爆弾……。何か、何か関連性があるはずなんだ……!」
第三の事件の凶器は……。
「カッターで手首を切られて……そうか、そういうことか!」
斧、爆弾、カッター、ゴミ、急行列車、火事……、これらの凶器を選んだ理由があるとしたら。現場に残されていたアルファベットのプレートにも意味がある。
そして被害者にも共通点がある。……ただ一人を除いて。
「だけど…まさか……」
信じたくない。しかし証拠が集まってしまった。
現場にあった『A』と『Z』のプレートが犯人からのメッセージであることに最初に気づいたのは彼。まだ事件の現場全てが被害者の自宅だった第三の事件の時点で彼はそのことを指摘した。
だがそれを信じない刑事たちもいた。その結果第四、第五の事件は野外で起きた。プレートが残されていたのも当然外だ。
「……このことを樹里ちゃんに伝えないと」
肝心の今回の事件の犯人はわからない。何故なら十年前の犯人は既に死亡しているからだ。だが、これは今回の事件を解く上でも重要な手掛かりになるはずだ。
私はスマートフォンを手に取り、固まった。
……もし犯人に私が樹里にこのことを伝えたと気づかれたら。間違いなく犯人は今度こそ樹里を処理しようとするだろう。
宮代相馬の現場に仕掛けらていた罠。あれは間違いなく樹里を殺害するためのものだったのだ。
一連の事件の被害者全員と、赤崎樹里には共通点がある。
恐らく彼女はそのことにはまだ気づいていないだろう。何故なら彼女に渡したあのリストは不完全だからだ。勿論嫌がらせでわざと必要な情報を省いたというわけではない。リストを作った当時はそれが重要な情報であることを知らず、省いてしまっていたのだ。
「……そういえば、こんなところにしまっていたんだっけ」
デスクの引き出しの中に入っていたポスターを取りだす。
子供向けの英語学習ポスター。昔娘のために買ったものだ。結局、使う機会は一度もなかったのだが。
私はポスターにボールペンで樹里へ伝えなければならないことを書き、折りたたんだ。
本当なら答えを書くべきなのかもしれない。しかし、やはりどうしても信じることができない。もしかしたら樹里なら別の答えにたどり着くのではないかという、私の最後の悪足搔きだ。
「一応、これも入れておくか」
袋にポスターと一緒に護身用の物も入れる。こんなことがバレてしまえば懲戒免職処分では済まないだろう。
そして私は再びスマートフォンを手に取った。
「あぁ、もしもし。明日までに今から言う場所に運んでほしいものがあるのですが。……えぇ、いつものコインロッカーに入れておきますね。鍵もいつもの場所に。頼みましたよ」
電話を切って外へ向かう。
相手は私個人が利用している運び屋だ。当然これもバレたらただでは済まないだろう。
ただ言い訳になってしまうのだが、これを最初に利用し始めたのは行村だ。
十分ほど歩き、件のコインロッカーにたどり着き、袋を中に入れた。ロッカーの鍵は近くの自販機の下に置いた。
そしてこれからどうするか考えていると、偶然見知った顔が歩いているのが目に入った。
声をかけるとどうやら一度自宅に着替えを取りに行き、署に戻るところだったらしい。
……辛い事実ではあるが、彼にもこのことを伝えなくては。そう考えた私は彼と一緒に戻ることにした。
●
大きく欠伸をする。
連続殺人事件の捜査中だから仕方ないのだが、やはり仮眠程度では脳が上手く働かなくなってきた。
自身のデスクに鞄を置き、横を見ると浦崎がデスクに突っ伏していた。恐らく徹夜でずっと事件について考えていたのだろう。
浦崎や岸部は俺なんかとは比べものにならないほど、犯人を恨んでいる。きっと犯人を捕まえるまで休むことなんてできないのだろう。
俺は浦崎の肩を揺すった。
「浦崎さん、起きてください。御剣警部補に見られたら怒られますよ」
……しかし反応はない。様子がおかしいと思った俺は浦崎の身体を叩いた。それでも彼は起きようとしない。
よく見ると首には何か細いもので絞められたような跡があった。
そしてデスクの上には今までの捜査で何度も見てきたものがあった。
「じょ、冗談はやめてくださいよ……」
普段刑事がこんなことで怯えていたら情けないと思うのだが、今回ばかりは無理もないと自身に言い訳をする。
「あぁ……」
浦崎が起きることはもう二度とない。何故なら──
「なんで……なんで浦崎さんを殺す必要があったんだよ⁉」
──浦崎隼人は二十人目の犠牲者として、犯人に殺害されたからだ。