12話 嫉妬の罪①
「貴方が犯人だ……。赤崎栄一……!」
私は栄一を指差して言った。
他の三人は驚愕した表情で彼の顔を見る。
「なっ……、ふざけるのもいい加減にしろよっ⁉」
激高した栄一が叫ぶ。その迫力に思わず後ずさりしてしまう。すると樹里が私の手を握る力を強めた。
「お前が二人を殺したんだ。栄一」
「樹里まで……! どういうつもりだっ!」
「しょうがないな、ここにいる全員が理解するように説明してやる」
そして樹里はこの事件のトリック。『どうやってやったか』を語り始めた……。
「まずは第一の事件、私たちは現場となった部屋を密室だと思い込んでいた。だからこそマスターキーの持ち主である使用人が最初に疑われたわけだ」
「そ、それがどうした……」
「あの密室は不完全だった。いや、それどころかあれは密室なんかじゃなかったんだ」
不完全な密室……。あまりピンと来ないが、何か仕掛けがあったということだろうか。そんな私の思考を読んだのか、樹里がニヤリと笑った。
「仕掛けなんてなかった。そもそも、あの部屋には鍵なんてかかっていなかったんだよ」
「……え?」
思わず声を出してしまう。あの密室は……、密室じゃなかった……?
「鍵がかかっていない部屋を、さも鍵がかかっているフリをしていたんだ。思い出してみろ、お前たちはあの部屋に鍵をかかっているか確認したか?」
あの時はたしかずっと栄一が扉の前に立ち、ずっと加奈子おばさんの名前を呼びながら扉を叩いていた。だから、私たちは鍵がかかっていたか確認していない。……一人を除いて。
「だけど、蔵之介が……」
「そうだ。マスターキーを持って来た蔵之介が部屋の鍵を開けた……。いや、開けたフリをしたんだ。つまり……」
「もしかして、蔵之介さんは共犯者だったってことなの……?」
思わず声に出してしまった。
「……あぁ。栄一と蔵之介は共犯関係だったということだ。それで第一の事件は全て説明できる」
「そ、そんなの言いがかりじゃねぇか!」
「お前は加奈子を刺した後、悠々と浴びた返り血をシャワーで洗い流し、そして着替えも済ませて外へ出た。他の人間に、お前が外にいた短時間でこれをできたとは思えない」
タバコを一本吸って戻る。それにかかる時間は遅くても十分ほどだ。たしかに、その短時間で犯行ができたとは思えない。
「だったら……。だったら蔵之介はなんで殺されたんだよ⁉ しかもシアタールームには一二三ちゃんのスマホが落ちていたんだぜ⁉」
私が疑われた理由、それは現場にあったスマートフォンだ。きっと犯人が拾ってシアタールームに置いたのだろう。……栄一が私に疑いの目を向けるために。
「第二の事件。あれは実際誰にも可能だった。だがお前は一つミスを犯した」
「ミス……?」
「栄一、そして新太と桐子に一つ聞きたいことがある。お前らは一二三のスマートフォンを見たか?」
困惑した表情で新太と桐子が私を見る。
「いや、見ていないが……」
「私もです……」
「そうか、栄一はどうだ?」
「……見た。あのボロボロのスマホだろ?」
……違和感。だって私は……。
「どこで見た? 現場ですらお前はスマートフォン見ていないはずだ。それなのに何故ボロボロのスマホってことを知っているんだ?」
「どこでって……。そ、そうだっ! フェリーで見たんだ!」
「そうか」
すると樹里はデジカメを取り出し、動画を再生した。フェリーで加奈子おばさんが撮影していたものだ。
……そこで私は一度もスマートフォンを取り出していない。
「これは私たちが島へ行く時に加奈子が撮影した映像だ。お前はこの後すぐに船内へ行ってしまった。その後一二三はスマートフォンを出したが、それをお前は見ていないはずだ。なのにどうしてお前は知っているんだ? 答えは一つ、お前がシアタールームに一二三のスマートフォンを置いた張本人だからだ」
フェリーでも、現場でも、私はスマートフォンを栄一に見せていない。見たのは樹里と総一郎だけだ。つまり、栄一は犯人しか知らないことを知っているということになる。
「さて、これで私の推理は以上だ。あとは動機だな」
「そ、そうだ! 俺には加奈子を殺す理由がない! 加奈子が死んだら、遺産を受け取れなくなるからな!」
……遺産。今回の事件は亡くなった赤崎サチヱの遺産が目的だと思われていた。しかし、それは違った。
「……動機は、これですね」
私はこの部屋で見つけた写真とノートを見せた。
「まずはノートから。ここにはサチヱさんについての記事がまとめられているんですが……、これを見てください」
サチヱが救ったはずの人間が、自ら命を絶ったニュース。
「小森明日香さん……。小森という名字、聞き覚えがありませんか?」
フェリーでの栄一の発言を思い出す。
「小森酒造……、それが栄一さんの経営している会社でしたよね?」
そしてノートを見せる。ここには、小森明日香の経営する酒屋の名前が書かれていた。『小森酒造』と……。
「貴方は復讐のために、加奈子おばさんと結婚して婿養子になり、ずっとこの日を待ちわびていた……」
「でたらめなこと言うな! 大体、加奈子と結婚したのは二十年前だぞ⁉ 復讐するのならいくらでもタイミングなんてあったのになんで今更……」
……そうだ。だからこの推理は間違っている。
写真を手に取る。そしてそれをみんなに見せた。
「……多分、こっちが本当の動機です」
「どうしてそれを……」
新太がそう言って私から写真を強引に奪う。
「その写真、二十一年前に撮られたものです。新太さんと桐子さんも写っています」
「私が産まれる前の写真だな」
「……そう。だから、加奈子おばさんが抱いている赤ちゃん、樹里ちゃんではない誰かなんです」
これが父が追放された理由。二人がどんな関係だったのか、もう確かめる手段なんてない。だからこそ、私は願っている。二人が幸せだったことを。
「この写真に写っている赤ちゃんは私。私の母は……、加奈子おばさんだったんですね」