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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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1話 プロローグ:出航②

 フェリー乗り場に着くと、既に二人の男女が私たちのことを待っていた。そして、女性の方の顔には見覚えがあった。


加奈子(かなこ)おばさん……」


 自然と口から漏れていた。


「もしかして…、一二三(ひふみ)ちゃん⁉ 昔はこんなに小っちゃかったのに……」


 そう言って加奈子おばさんが私の膝くらいの高さで、手のひらを地面と水平に動かす。最後に会ったのは十年前だ。その時の私は小学五年生、そこまで小さくはないはずなのだが……。


「加奈子おばさんはあんまり変わってないね」

「あら、お世辞まで上手になっちゃって。それにしても、一二三ちゃんは本当に可愛くなったわね。私も若い頃は派手な色に染めたりしてたなぁ」


 おばさんが私の水色に染めたインナーカラーの部分を羨ましそうにつまむ。その顔は実際十年前の記憶と瓜二つだった。

 腰まで伸ばした明るい茶髪。そしてシワもシミもない顔。……いくらかけたんだろう。さすがにそんなことを聞く勇気はない。


「その子が一二三ちゃんかぁ! 思ってたより元気そうな子だなぁ」


 おばさんの隣に立っている、禿げた頭の中年男が下品な声で言った。

 初対面でこんなことを考えるのは失礼かもしれないが、正直あまり関わりたくないタイプだ。


「こっちは旦那の栄一(えいいち)

「よろしくなっ! 一二三ちゃん、もう成人してるんだろ? だったら俺が経営している小森(こもり)酒造の酒、買ってみないか?」

「え、えっと……」


 どう返すか迷っていると、おばさんが栄一の尻を叩いた。


「こんな時に商売の話をしないのっ! ……そういえば兄さん、じゃなくて武司(たけし)は?」


 やはり、加奈子おばさんと父は兄妹だった。そして、父の死のことを赤崎(あかさき)家は知らないようだ。そう思うと少しだけ悲しい気分になった。

 息が詰まる感覚。言葉が出てこない。


「そんなことより、これで全員なんじゃないか?」


 空気を一切読まずに、樹里(じゅり)が口を開いた。


「そ、そうだね……。ごめん、お父さんのことは着いてからゆっくり話すから」

「そう……」


 早足でフェリーに乗り込む。何か察したのか、おばさんの顔が少しだけ暗くなった。栄一は鈍いのか、ただ興味がないだけなのか首を傾げた。


「樹里ちゃん、ありがと……」


 樹里の耳元で囁く。


「は? なんのことだ?」

「むぅ……」


 彼女が本気で困惑した表情を見せる。まさか素で言ったとは……。


 エンジン音が鳴り、フェリーが島に向かって出発する。これからのことを何も知らない私たちを乗せて。



「そういえば、一二三ちゃんはお父さんからどれくらい赤崎家のこと聞いてるの?」


 出発してからもしばらく沈黙が続いた。それに耐えかねたのか、暗い空気を変えるように加奈子おばさんが言った。


「特に……何も」

「……やっぱり?」


 父は本当に何も語らなかった。そして私も、母のことや仕事のことを聞くことはなかった。ある意味それが家での暗黙の了解になっていた。


「まあ追い出されてるわけだしね……」

「それで、赤崎サチヱさんってどんな人なの?」


 もしかしたら、おばさんなら父が追放された理由を知っているのかもしれない。それでも自然と別の話題に行こうとしてしまう。


「まあ、義母さんがテレビで活躍してたのは一二三ちゃんが産まれる前だからなぁ……」

「そうねぇ……。まあ、簡単に言うと凄腕の占い師かなぁ」

「占い師……?」


 思わずオウム返ししてしまう。

 ……一気に話が胡散臭くなってきた。


「あはは、ああいうオカルトじみた話が流行ってたのも昔の話だしねぇ。……でも、母さんの力は本物だったの」

「未来予知で一時期はテレビに引っ張りだこ。隠居してからも時々政界の要人を占っては金を巻き上げ、最後は島を買って気ままに過ごした正真正銘の魔女だ」

「おいおい、言い方ってもんがあるだろうが」

「……事実だろ?」


 やはり信じることができない。未来予知? 政界の要人? 挙句の果てに、ただの占い師が島を買った? 本当にそんなことができるのだろうか。頭の中を疑問符が埋め尽くす。

 とはいえ、おばさんが嘘をついているとも思えない。


 そんなことを考えていると、唐突におばさんがこちらにデジタルカメラを向けた。


「な、なに?」

「せっかく十年ぶりに会えたんだから、思い出を残そうと思って」


 そう言って微笑む。


「一二三ちゃんは写真とかあんまり撮らないの?」

「うぅん……、あんまり撮らないかなぁ……」


 くだらない理由ではあるのだが、あまり人前でスマートフォンを使いたくなかった。


 しばらく撮影を続け満足したのか、おばさんはデジカメをバッグの中に入れた。


「じゃあ、私たちは中に入ってるから」

「……うん」


 そして二人は船内に入った。デッキには私と樹里の二人きりだ。

 潮風が私の髪を撫でる。


「占い師かぁ……」

「信じていないのか?」

「そりゃまあ……、うん……」

「そうか。ま、島に着けば嫌でもわかるさ」


 樹里は欠伸(あくび)をすると真顔で私のことを見た。

 島でわかるといっても、きっと先程の加奈子おばさんと栄一がしたような話をまたされるだけだろう。


 ……そうだ。

 現代はインターネット社会なのだ。情報なんてすぐ簡単に手に入れることができる。そう思い、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。まだ樹里がいるが、彼女は私のスマートフォンなんて気にしないだろう。


「あれ……?」


 ……圏外。

 こんな経験、初めてだ。まあ、島に着いたら電波も拾うことができるだろう。


「言っておくが、島でも圏外だぞ」


 樹里が小声で言う。

 私は頭を抱え、唸った。スマートフォンの中には毎日欠かさずプレイしているソーシャルゲームがいくつもあるのに。これから三日間、私はインターネットから隔絶された場所で過ごすことになる……?


 ……さよなら、ログインボーナス。


「別に三日間くらい、いいだろ」

「そんなことないよぉ……。樹里ちゃんだって使えないのは辛いでしょ?」

「私は持っていない」

「え? それは不便じゃないの?」

「いや。そもそも他人との繋がりなんて面倒なだけだしな」


 他人との繋がり……。それを面倒だと切り捨てることのできる樹里が少しだけ羨ましい。

 私も彼女のように振舞うことができたら、後悔することなんてなかったのだろうか。


 そんなことを考えていると、島が見えてきた。


「あれが、サチヱさんが最後の時を過ごした島……」

「そうだ。未来を予知する魔女の死んだ場所……」


 まだこの時の私は、これから起きる惨劇を微塵も想像していなかった。加奈子おばさんと栄一もそうだろう。

 だが、樹里はどうなんだろう。もしかしたら、最初から気づいていたのかもしれない。


 ……赤崎サチヱの犯した罪。

 四条武司、父の犯した罪。そして私の真実。


 それらをまるで宙から見下ろすように観察していたのだろうか。



 これが私と樹里が遭遇する最初の事件。外界から隔離された、離島という名の巨大な密室で発生した連続殺人。

 そして母と子供の物語、あるいは祖母から孫への挑戦状。


 あの島の名前は……。


「……俯瞰(ふかん)(とう)だ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の開幕からの、このワクワク感は素晴らしいですね\(//∇//)\ 絶対に何か起きるよねという怖さと期待感を煽られながら、それぞれの登場人物がイメージしやすい描写で、絵が頭に浮かびます…
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