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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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7話 Re: Nayu and Witch③

「いい加減にしてよッ! 問題ないなんて、そんなわけないじゃん!」


 私の叫びが会議室に響く。

 樹里(じゅり)は目を丸くして私のことを見た。浦崎(うらざき)御剣(みつるぎ)も同じような反応をしている。


「いつもそうやって平気なフリして、私がその度にどう思ってるかなんて知らない癖にッ!」

「なっ、いきなり何を言い出すんだ⁉」


 樹里に溜まっていた感情をぶちまける。

 本当ならこんな醜いことしたくなかった。しかし、もう我慢の限界だ。私はテーブルを叩いた。


麗奈(れいな)さんの事件だって私が解いたんだよ⁉ 私だって樹里ちゃんの力になれるはずだよ!」

「そんなのただの偶然だ。私だってあの現場をもう一度調べたら殺害方法の謎についてはすぐに解けていたはずだ」

「昨日も言ったけど、足手まといならちゃんとその理由もハッキリ言って! 私は樹里ちゃんの助手なんだから、手伝わせてよ!」

「お前にそんなことさせられるわけないだろ! そんな…危険なこと……! そんな目に遭うのは私だけでいい!」


 危険……?

 やはり樹里は捜査を続けるのが私だけでなく彼女自身にとっても危険であることを理解していたのだ。それなのに彼女は頑なに一人で行動しようとしている。

 その根底には私が心配で遠ざけたいという気持ちがあるのはわかっている。だからこそ、そんなことを思わせてしまう自分が情けなかった。


「私だって樹里ちゃんのことが心配なんだよ⁉ 樹里ちゃんは私が問題なければそれでいいのかもしれないけど、私は樹里ちゃんの身に何かある方が嫌なのッ!」


 自然と涙が零れてくる。


「私を…一人にしないで……」


 本当に情けなくて仕方がない。

 どうしても樹里を止めないといけない。そのためには、わざとではないとはいえ涙だって利用するしかない。


「樹里ちゃんは自分のことに無頓着すぎるよ……。お願いだから、もっと私のことを頼ってよ……」

「無頓着だなんてことは……」

「はいはい、痴話喧嘩はその辺にしておいてくださいね」


 睨み合う私たちの間に浦崎が入る。たしかに周りから見ればただの痴話喧嘩にしか見えないのだろう。

 私たちからすれば真剣なものなのだが……。


「まだ引き渡しの時間までは一時間半もあるわけですから。もう少し慎重に調べてみる価値はあると思いますよ。そうでしょう、御剣警部補」

「あ、あぁ……」


 御剣が渋々頷く。流石に私たちの喧嘩を見た後だと、先程までのような態度を取ることはできないのだろう。


「私は先に引き渡し場所まで行って不審車両がないか調べてきます」

「……岸部(きしべ)近衛(このえ)にも連絡しておけ」

「わかりました。お二人はそこで待機していてください」


 浦崎が会議室を出ていく。

 その直後に御剣はため息を吐いた。


「少しタバコ吸ってくる。騒がずに大人しくしてろよ」

「……どうぞ」


 拒む理由はないのだが、もう少しタイミングというのを考えてほしいものだ。そんな私の考えを知らないのか、……それともわざとなのか、御剣も足早に会議室を出ていってしまった。

 そして会議室には私と樹里の二人きりになってしまう。


「……ごめん。言いすぎだったよね」


 樹里は私の言葉を無視して、スマートフォンを操作している。


『お前は十年前の事件にもかかわっているのか? 被害者の関連性は?』


 偽麗奈は一度スマートフォンを見るとすぐにポケットに入れてしまった。樹里の描き込んだコメントへの反応はない。

 すると樹里はゆっくりと私の手を握った。


「ほんとに言いすぎたけど……、あれは全部私の本音」

「私も本音だ」

「……嘘」

「あぁ……、嘘だ。今も怖くて怖くて仕方がない。お前がいなくなることと同じくらい、自分が消えてしまうことも」


 そんなの当たり前だ。

 だが樹里はそんな恐怖を押し殺して捜査を続けていた。きっとそこに今までのような好奇心や退屈を紛らわせたいという思いはないのだろう。


「今回の事件、ずっと私は演じていたんだ。『赤崎(あかさき)樹里』という名の探偵をな。人のイメージは簡単には変わらない。だから……」

「だからわがままで不謹慎で……そして優秀な探偵のイメージを貫いた」


 樹里が頷いた。


「……嘘つき」

「見損なったよな。お前のこともずっと欺いていたのだから」

「そんなことあるわけないじゃん。だって、大切な家族でしょ」


 たしかに、いつもわがままで死体を見ると不謹慎な態度を取って、それでも優秀だからこそ許されている探偵というのも私が『赤崎樹里』という女性に抱いているイメージには違いない。

 ……だが、それだけじゃない。


「見栄っ張りで、恥ずかしがり屋で……それでいて甘えん坊な妹で同時に恋人。それが私にとっての『赤崎樹里』でもあるんだよ」

「……そうやってハッキリと言われると、恥ずかしすぎて死にたくなるな」

「じゃあもっと言ってあげようか? 樹里ちゃんの好きなところ、あと十個くらい言えるよ」

「私だって、お前の気にいっているところは何十個も言える」

「私だってもっと! ……って、こんなことしてる場合じゃなかったね」


 このままでは警察署の会議室で色々と始めてしまいそうだったが、今は那由多(なゆた)の安否がかかっているのだ。続きは彼女を取り戻してからだ。


 すると映像に変化が現れた。

 那由多と偽麗奈が映っていた画面が突然前触れもなく真っ暗になった。


「いきなりどういうことだ?」

「まさか……浦崎刑事が倉庫に行ったのがバレたんじゃ……」


 浦崎が出ていってからまだ十分も経っていない。偽麗奈がそのことを知るのは不可能のはずだ。しかし、御剣が内通者なら可能になる。

 一分ほど静寂と暗闇が続く。私と樹里も黙ったまま画面を見つめていた。心臓の鼓動が徐々に速まる。


 そして映像が戻った。


「なっ……」


 映像には胸を真っ赤に染めた那由多が映っていた。しかしそれは彼女の血ではない。……返り血だ。

 血を流している人物は那由多のすぐそばに倒れていた。


「何故だ……。やつの目的はなんだ⁉」


 樹里が叫ぶ。

 偽麗奈が仰向けに倒れている。彼女の顔面は吹き飛び、赤黒い肉がむき出しになっていた。そしてその傍には棚に置かれていたはずのショットガンが無造作に捨てられている。


 私は呟いた。


「偽麗奈さんが……殺された。犯人にとってあの人も用済みになったんだ……」

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