7話 Re: Nayu and Witch②
『じゃあ早速本題に入るとしますか。私の要求はただ一つ、事件の再捜査をすること。……事件はまだ終わっていないよ』
やはり、幸田と堰は犯人によってスケープゴートにされた。つまり犯人は他にいるのだ。
だがその犯人は偽物の麗奈ではない。……そうなると理解できないことがある。私はその疑問をコメントした。
『貴女が犯人じゃないのなら、何故現場にプレートの入った箱を置いたんですか? それに犯人は事件の捜査を妨害したかったのでは?』
幸田の部屋には『A』と『Z』のプレートが複数入った箱が置かれていた。そのせいで事件は解決したと誘導することが犯人の目的だったはずだ。
しかし、そうなると偽麗奈の行動はその思惑を潰すものだ。だからこそ彼女の意図がわからない。
『二つとも答えは同じ。まぁ簡単に言うと、あの人と私ってスタンスが違うんだよなぁ』
偽麗奈がスマートフォンを見ながら質問に答える。恐らく画面に私の投稿したコメントが表示されているのだろう。
スタンスが違う。つまり彼女には犯人とは別の目的があるのだ。
すると視聴者数が二人に増えた。隣を見ると樹里もスマートフォンの画面を睨んでいた。そして素早くコメントを打ち込む。
『捜査が再開すればすぐに那由多を解放するのか?』
『うぅん、どうしよっかなぁ……。結局解放したらすぐに手を打たれちゃいそうだし、しばらくはこっちで預かっていようかなって』
できることなら那由多を早くこんな危険な状態から解放させたいのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「あまり相手を信じない方がいいですよ」
浦崎が私たちに忠告してくる。
たしかに彼の言う通りだ。偽麗奈は間違いなく人を殺めている。そして現在も那由多を人質にこちらを脅している。
そんな狂った人間とまともに交渉をしてはならない。
「犯罪者が約束を守るとは限らないしな」
御剣も浦崎に同調した。
「あぁ、わかっている。だからこそ、まず優先すべきは那由多の確保だ」
そう言って樹里が再びコメントを書き込んだ。
『信用できない。捜査は私が必ずするから、今すぐ那由多を安全な場所に解放しろ』
『……なるほどねぇ』
コメントを見た偽麗奈は少し考えこむと、画面端に映っていた棚からあるものを手に取った。
「や…やめて!」
私は思わず叫んでしまった。勿論画面越しの偽麗奈にはこの叫びは届いていない。
「ショットガン。クソッ、何を考えているんだこいつ……」
「脅しのつもりだろうな。その気になればいつでも那由多を殺すことができるという意思表示だ」
樹里が冷静に画面を見つめる。
偽麗奈はショットガンの銃口を那由多の頭部に向けた。那由多は目隠しのせいでそれに気づいていない。
『やっぱりもう一つ追加。赤崎樹里、アンタの身柄と交換で那由多ちゃんは自由にしてあげる』
「それが本当の目的というわけか」
「どういうこと?」
「こいつは最初から事件の再捜査も那由多のこともどうでもよかったんだ。今までのやり取りは全て演技、この女の目的は私を拘束すること、こちらの戦力を削ぐことだったんだ。犯人が同じことを思っているかはまだわからないがな」
那由多は樹里を釣るための餌、樹里の考えが正しければそういうことになってしまう。
勿論那由多をこのままにしておくことはできない。だが偽麗奈に樹里を引き渡せばどうなるかわからない。確実にわかるのは樹里が酷い目に遭うということだけだ。
『そんなこと、簡単に了承できるわけがないでしょ』
『ふぅん。じゃあ那由多ちゃんがどうなってもいいんだ』
「……どうしたら」
樹里を引き渡さなければ那由多が殺される。ただそれだけの話だ。
那由多を見捨てるわけにもいかないが、樹里を危険な目に遭わせるのも御免だ。第三の選択肢を必死に考えるが、偽麗奈は待ってはくれなかった。
『午後七時。それまでに赤崎樹里を引き渡さなかったらこの子を殺す』
時計を見る。……残り一時間半しか残されていない。
『わかった。どこに行けばいい?』
「樹里ちゃん!」
「大丈夫だ。すぐにやつらの正体を暴いて脱出する。何も問題はない」
私は樹里の言葉が嘘であると瞬時に理解した。
彼女が優秀であることは向こうも把握している。そんな簡単に脱出させてくれるとは思えない。彼女もそれを理解しているはずだ。
なら何故こんなことを言ったのか。それは私を安心させるために違いない。……それが逆効果とも知らずに。
『赤崎栄一、それと宿毛右今が殺害された倉庫。迎えをよこすからそこに一人で来てね。来なかったら……わかってるよね?』
そして偽麗奈は笑いながらショットガンを棚の上に戻した。
警察署から倉庫まではタクシーを使えば数十分程度で着く。時間は問題ないはずだ。しかし問題があるとすれば、まだ私が樹里を引き渡すのに納得していないということだ。
「浦崎、お前はこの子についていって、引き渡した後に尾行して監禁場所を突き止めろ」
「御剣さん!」
「流石に俺も探偵とはいえ一般人を危険な目に遭わせるつもりはねぇよ。だが犯人を捕まえるにはこれくらいしか方法はないだろ」
「しかし……」
「私はそれで問題ない。さっさと行くぞ」
樹里が浦崎を連れて会議室から出ていこうとする。
私は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「……大丈夫だと言ってるだろ。早く行かなければ那由多が──」
「いい加減にしてよッ! 問題ないなんて、そんなわけないじゃん!」