7話 Re: Nayu and Witch①
「御剣義元だ。よろしく、小さな探偵さん」
御剣警部補が仮面のような笑みで樹里に握手を求めた。樹里は渋々それに応じる。
私は何となく御剣のことを疑っていた。彼は宿毛が殺害された時、あの現場にいた。しかも彼は多くの部下を動かすことができる階級だ。彼が内通者というのも決して与太話ではないように思えた。
「話を戻すが、お前本気で捜査を続けるつもりなのか? 犯人は自殺、それで終わりでいいじゃねぇか」
「えぇ。本当に犯人が自殺したのならの話ですがね」
犯人は他にいる。それは私と樹里も同意見だ。
しかし、御剣は首を縦には振らなかった。
「ダメだ。勝手な行動は認められない。そもそもさっきの命令も俺が出したわけじゃないしな」
「なるほど、やはり上層部は……頭が固いようだな」
樹里は少し考えてから言葉を口にした。恐らく「上層部は犯人とグル」と言おうとしたが空気を読んで言葉を変えたのだろう。
きっと以前の彼女ならそんなもの一切気にしなかったはずだ。
『そんなの、上層部が犯人とグルだからに決まってるだろ。警部補の癖にそんな単純なこともわからないのか?』
なんて言っていたかもしれない。
だが、今の樹里の表情はどこかぎこちないように見える。先程パトカーから降りた直後もそうだった。
どこかよそよそしくて、他人を近づけようとしない。……まるで出会ったばかりの頃のようだ。
だが、言葉遣い自体は多少は柔らかくなっている。そこで気づいてしまった。彼女はまだ私のことを遠ざけようと無理をしているのだと。
「今までもしていたんですから、別に仕事に支障さえなければ問題ないですよね?」
「そんな子供のような理屈が通じるわけないだろ!」
浦崎刑事は一歩も引き下がらない。
「浦崎、お前が行村を殺した犯人のことを恨んでいるのはわかっているが……、どんなに拍子抜けな結末でも事件は解決したんだ。これ以上調べたとしても何も出てこないんだよ」
「しかし……」
「浦崎さん、僕も同意見です。父のためにやっているのは感謝していますが……」
しかしドンドン形勢は悪くなる。
樹里の方を見ると、彼女は興味なさげな顔で目を閉じていた。恐らく事件のことについて考えているのだろう。
すると私のスマートフォンが着信音を鳴らした。画面を見ると茜からの電話だった。
私は「すみません」と一言謝って廊下に出る。そして通話ボタンに触れた。
「もしもし」
『あっ、お取り込み中でしたらすみません。少しお訊ねしたいことがあって』
「どうかしたんですか?」
茜の声は明らかに焦っていた。何か急ぎの用事があるのだろう。
『ナユちゃん、そっちにいませんか? 朝から学校にも行っていないみたいで……』
「え、ナユちゃんが?」
那由多は現在茜と二人で暮らしている。今の時刻は夕方の五時、那由多は部活に所属していないのでとっくに帰宅しているはずだ。
『スマホも電源を切ってるみたいで繋がらないんです』
「もしかしたら友達と出かけて……ってのは考えにくいか」
那由多が学校でどのような立場にいるのかは言われなくてもわかっている。
彼女には同年代で学校をサボってまで遊びに出かけるような友人はいない。悲しいことだが事実なのだから仕方がない。
しかし、ならどこに……。
「とりあえず、茜さんは部屋で待っていてください! こっちで捜してますから!」
電話を切ると直後にメールが届いた。本来ならこんなもの無視していたはずなのだが、その差出人が問題だった。
「ナユちゃん……なんで⁉」
那由多が使うアドレスからのメール。しかし本人が送ったとは考えにくい。
彼女は現在スマートフォンの電源を切っているはずだ。なら彼女がメールを送ることは不可能だ。
もしかしたら丁度今電源を入れてメールを送ったのかもしれない。そう考えて電話をかけたが無機質な音声が私を現実に引き戻した。
樹里が会議室の扉を開けてこちらの様子を覗いてくる。
「樹里ちゃん、ちょっといい?」
「どうかしたのか?」
「うん、ナユちゃんから来たメールなんだけど……」
タイトルは無題。文面にはURLが貼られているだけだ。
「那由多が送ったものじゃないんだな」
「そうだと思う。……押してみるね」
どう考えても怪しい。しかし那由多がどこに消えたのかわからない以上、藁にも縋る思いだ。
私はURLをタップした。ブラウザが開き、サイトが表示される。
「そんな……」
表示されたサイトを見た私は呟いた。
「浦崎! 言い争いをしてる場合じゃなくなったぞ」
樹里は会議室に戻って大声で言った。私も戻ると、警察官たちの視線が一気にこちらへ集まる。
私は彼らにスマートフォンの画面を見せた。
画面には有名な動画配信サイトが表示されている。メールに書かれていたURLはそのサイトで現在配信されている生放送のものだった。
表示されている視聴者は一人、つまりこれを見ているのは私だけ。正確には私のスマートフォンだけがこの配信を表示しているということになる。
「……すぐに他のやつらにも報告してこい!」
「はっ、はい!」
御剣が叫んだ。岸部と近衛が急いで会議室を出ていく。
映像の中では女性が椅子に座っている。手足は縄で縛られ、自由に身動きができないようになっていた。
そして女性は目隠しをされていて、口にもタオルがきつく巻かれて猿ぐつわの代わりをしている。
「ナユちゃん……」
映像に映っているのは、消えた那由多だった。
『あっ、ようやく来たみたいだね。四条一二三、それと赤崎樹里』
カメラの死角から女性が現れる。
その顔を見て樹里が目を見開いた。もしかしたら私も似たような表情になっているのかもしれない。
私は素早くチャット欄にコメントを打ち込んだ。
『レイナさん。ナユちゃんを誘拐して何をするつもりなの』
その女性は幸田と堰の二人が死亡した現場の監視カメラに映っていた女性。そして一ヶ月前に名前を偽って樹里と会った、宮森麗奈を名乗る謎の女だ。
『じゃあ早速本題に入るとしますか。私の要求はただ一つ、事件の再捜査をすること。……事件はまだ終わっていないよ』