6話 After X comes Y.③
「もしかしてあの写真のことを危惧してるわけ? だとしたら不正解。私たちは別に四条一二三のことなんてどうでもいいの。ただ貴女の壊れ具合を確認しておきたかっただけ。あの写真はそのためのもの」
「壊れ具合……?」
「貴女はどんな言い訳で自分の考えを取り繕ったとしても、結局は事件の捜査を続けている。自分の父親が死んだところで貴女の心境に影響なんて欠片もない。なら何故貴女は事件を追っているの?」
「それは……」
魔女の口角が更につり上がった。きっと迷う私が可笑しくて仕方がないのだ。
何故私が事件の調査を続けているのか。その答えは犯人が許せないから。……これも言い訳だ。
私はあの頃と何も変わっていない。ただ好奇心を満たすためだけに事件を追いかけている。どんなに言い訳をしたとしても、その事実は変わらない。
そして周りはそんな探偵である私を求めている。だからこそ私は演じなければならない。
「まあそれはともかく、まずは最初の事件から。父親ではなく他人が死んだ事件。と言っても事件が起きてから時間はそれなりに経っているのだけど」
「……本物の宮森麗奈が死んだ事件。最初は今回の事件とは無関係だと思っていたが、やはり関係あるんだな?」
「さて、それはどうかな」
ヒントをくれるなんて一瞬でも考えた私が甘かった。魔女はただ悩む私を見て愉しみたいだけなのだ。
「一二三のおかげでトリックは理解した。犯人の六巳百華は眠らせた宮森麗奈を自分が現場を離れた後に落ちるように仕掛けを作ったんだ」
「でも、それじゃ疑問が一つ残るよね」
「あぁ、警察が宮森麗奈の遺体から睡眠薬を検出できなかったのか。勿論見逃したり成分が体内に残っていなかった可能性もあるが……」
百華がかかわっている他の事件のことを考えれば、一つの仮説にたどり着く。
ハッキリ言って陰謀論だと思われるような説なのだが、先程の岸部への電話を考えるとそれが実態を帯びてしまう。
「警察上層部が揉み消した……ってこと?」
「あぁ、幸田権平と堰遼の事件からしてもその可能性は大いにある」
「陰謀論は嫌いじゃないけど、証拠はあるのかな?」
ハッキリとした証拠は何もない。
後手に回るのは業腹だが、真犯人が行動しない限り私たちは次の一手を打つことができないのが事実だ。
「まあいいや、じゃあ次は第一の事件」
第一の事件、冷凍倉庫で赤崎栄一の奇妙な遺体が見つかった事件だ。
「氷のオブジェに栄一が磔にされていた。凶器は釘、死因は失血死だ。その犯人は宿毛右今と幸田権平、そしてもう一人実行犯がいるはずだ」
「それは誰?」
「それはまだわからない。ただ、堰遼ではないはずだ。あいつが実行犯だとしたら、栄一を脱獄させた方法も意図もわからない。だからこそ実行犯、もしくは陰から操る人間がいるはずなんだ」
だがそれが誰なのかがわからない。わかっているのは警察の人間であるということだけ。だがその情報だけでは容疑者が多すぎる。
「恐らく、警察上層部は私たちの周りにいる人間を使って事件の捜査を監視させているはずだ。だからこそ、あんなに早く浦崎たちの行動を牽制できたんだ」
「そう、じゃあ第二の事件」
第二の事件の被害者は宮代相馬。私たちが過去に経験した連続殺人事件の生き残りだ。
彼は第一の事件の犯人であると私たちに思い込ませるスケープゴートとして殺された。しかし、それではいくつか疑問が生じる。
「何故犯人は宮代が明らかに殺されたとわかる状況を作ったんだ?」
宮代の死因は注射器で血管内に空気を注入したことによる心臓麻痺。これだけなら自殺を偽装することも可能だ。
しかし、実際には彼の死後に犯人は宮代のフリをして私にメールを送った。そして部屋に仕掛けた罠で私を殺そうとしたのだ。
犯人は明らかな他殺であるということを提示していた。だからこそ宮代を殺害した理由がわからなくなる。
「……まさか、犯人は最初から謎を解かせるつもりだった? そして宿毛右今を処分するつもりだった。クソッ……、被害者の共通点はなんなんだ⁉」
芦田恭一、赤崎栄一、宮代相馬、宿毛右今、幸田権平、堰遼とその他の犠牲者たちにはなんらかの共通点があるはずだ。
事件の共通点は現場にアルファベットのプレートが残されたこと。だが被害者の共通点が一つも見つからない。
「私たちが携わった事件の関係者という可能性は右今たちや過去の犠牲者たちで消えた。性別も年齢も職業もバラバラ。犯人はどうやって殺害する人間とその方法と決めているんだ⁉」
「フフッ、迷っているようね」
魔女は嗤いながらソファーに横になる。
「少しヒントを出そうか?」
「……本当にヒントなんだろうな」
「勿論。ただしヒントはこの一つだけ。……私たちは殺す相手を適当に決めてるわけじゃない。殺された人間には殺されるべき理由があったの」
「理由……」
「あれ? もしかして人を殺していい理由なんてない……なんて刑事ドラマみたいなことでも言いたいわけ?」
「違う。人殺しの気持ちなんて私に理解できるわけもないしな」
……すると魔女の表情が消えた。
まるで今まで仮面で表情を繕っていたのを外したかのように。そこにあるのはただ虚無としか言いようのない表情だった。
「それは違う。貴女はこちら側の人間でしょ?」
「……どういうことだ。私は人殺しなんかじゃ…ない……」
唐突に数年前の記憶がフラッシュバックする。
目の前に広がる赤い海。消えていく体温。噴き出す鮮血。パトカーのサイレン。ナイフの重み。無機質な心電図モニターの音。
私は彼女を殺したわけではない……。実際にはまだ彼女は生きている。だが、あれからずっと眠っている。あれを生きていると言っていいのだろうか。
……そうだ私が殺したんだ。
私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。
ワタシガコトコヲコロシタンダ……。
「あ…あぁ……あああぁぁぁ……」
私は罪を犯した。本当は一二三たちと一緒にいる資格はない。
すると魔女は大声で笑い始めた。
「アハハッ! どうやら忘れていたみたいだけど、貴女も人殺しなのよ。赤崎樹里、私と貴女は同類。だからきっと、私たちはわかり合えると思うのだけれど。日守琴子より、そして四条一二三よりもずっとね……」