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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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11話 盤上世界の人間は繋がりを求める

「……少しだけ私の話を聞いてくれないか?」


 ソファーに座った樹里(じゅり)唐突(とうとつ)に言った。


「……何?」

「前に言っただろ? 高校には通ってないって」


 あまり触れたくないというのが本音だ。だが、樹里はそんな私の気持ちを無視して続ける。

 ……どちらにせよ、私には聞くことしかできない。無力だ。何もできない自分が嫌になる。


「学生時代はずっと、いじめを受けていたんだ」

「どうして……?」

「もしかして、本当にわからないのか?」


 私は首を横に振った。

 わかっている。しかし、できることなら言いたくなかった。


「……ごめん、その髪だよね」


 白髪に優しく振れる。瞳や肌はまだしも、一目で周りと違うのがわかってしまう部分。染めているわけではない、純粋な彼女の個性。


 ……個性なんて言うのは簡単だ。だが、人間は口でそう言ったとしても本当に受け入れるとは限らない。他人は勿論、本人も自身の外見を簡単に受け入れることなんてできない。


 だからこそ、人間は異分子に対して残酷になってしまう。


「あぁ……。だからというわけじゃないが、私はあまり他人を信用していなかった。両親のことも……」


 樹里が過去にどんな経験をしたかなんてわからない。きっと苦しい経験をしてきたのだろう。……私にはどうすることもできない。


 ただ聞くことしかできない。そんなの、無責任だ。


「そんな悲しそうな顔をするな。もう終わった話だ」

「そうだけど……」

「聞いてくれるだけでよかったんだ」


 無力な自分を噛みしめている気持ちを悟ったのか、そう言って樹里が私の肩に頭を乗せる。重みがなんだか心地よい。


一二三(ひふみ)、お前は私と対等の関係でいてくれた。それがすごく嬉しかったんだ」

「……それは」


 彼女に好意を抱いた理由。それを考えると、私と樹里が対等な関係なんて、口が裂けても言えない。

 ……私は卑怯な人間だ。


「ずっと私は他人との繋がりを求めていた。でも怖かったんだ……」

「違うよ……」


 こんなにも歪んだ感情。本当は彼女に言いたくなんてなかった。

 しかし、自然と口が開いていた。


「私はそんな人間じゃないよ」

「どういうことだ?」


 だって樹里の姿は……。


「そっくりなんだ。大学で付き合っていた彼女に」



 ……違和感を覚えたのは中学生の時。最初はただ女の子と話すのに慣れていないだけだと思っていた。

 近所の子供が男の子ばかりというのもあり、昔から男の子と遊ぶことが多かった。一緒にゲームをしたり、野球をしたり。女の子らしい趣味なんてひとつも持ち合わせていなかった。だがあの日気づいた……。


 突如やって来た転校生。長い黒髪の女の子。彼女の顔を見た瞬間、私は全てを悟った。


 ……一目惚れ。私の初恋は、女の子だった。


 しかし、その初恋はあっけなく終わった。別に彼女に想いを伝えたわけではない。……伝える勇気が私には無かった。彼女に否定されたくなかったのだ。

 そうやって足踏みしている間に、彼女は男性と付き合い始めた。


 私はこの歪みを隠したまま日々を過ごし、気づけば大学生になっていた。

 将来のことなんてあまり考えず、ただ友人が行くからという理由で入学した女子大。きっと四年間、無意味に消化していくのだろう。


 だが、私はここで彼女に出会った。


 そして私は二度目の恋をした。


 真っ白になるまで脱色した髪。きりっとしたつり目。タバコを吸う彼女の姿を見て、私は恋に落ちた。……樹里そっくりな彼女に。いや、逆だ。樹里が彼女に似ているのだ。


 今度は後悔したくない。足踏みをしている間に、誰かに奪われたくない。だから、私は想いを伝えた。


 結果うまくいき、私たちは付き合うことになった。

 ……幸せだった。


 彼女に喜んでもらうためなら、なんでもする。

 味が最悪なタバコを我慢して吸った。彼女が好きそうな服を調べ、それを買うために必死にアルバイトをした。……彼女の存在は父にも秘密にしていた。

 彼女が私の全てだったのだ。


 それなのに、彼女にとって私は簡単に捨てられる存在だったのだ。


 簡単に言うと、私たちの関係は長続きしなかった。


「……私たち、別れよう」

「な、なんで……? 気に入らないところがあったら直すから! お願い、だから……」

「女同士でこんな関係、やっぱりおかしいよ」


 別に彼女の言葉を否定する気はない。世間から見れば私は少数派の人間だ。ただその言葉は私の心に棘となって刺さった。


 ……もう懲りた。

 二度と恋なんてしない。


 今度こそ誓ったはずなのに。


 駄菓子屋で涼んでいた少女。


 全身に雪を纏ったかのように、真っ白な少女。樹里のことを見て、私はあの人を思い出してしまった。だから、私は樹里に感謝されるような人間ではないのだ。


 私は、樹里のあの人の代わりとして見ているのだ。そんな最低の人間が感謝される資格なんて、持っているわけがない。



「それがどうした?」


 私の話を聞き終えた樹里が言う。いつもの淡々とした様子ではなく、本当にそう思っているのが伝わってくる。


 深紅の瞳で私のことを見つめている。それを見ていると、なんだか吸い込まれそうな気分になった。


「だって……」

「例え私が誰かの代わりだったとしても、私が一二三に救われたことは変わらない」

「私、そんなつもり……」

「お前がどう思っていたとしても、四条(しじょう)一二三は私の恩人なんだ」


 何も言えない。その代わりに涙が溢れる。私の醜い部分を受け入れてもらえた喜び、それが爆発してただ泣くことしかできない。

 すると樹里が私の頬に触れ、涙をぬぐった。


「……一度しか言わないぞ」


 樹里の真っ白な顔がほのかに赤くなる。


「こんな状況で言うのはどうかと思う。それでも……」

「……それでも?」

「……好きだ」

「えっ?」


 思わず首を傾げてしまう。彼女の気持ち、それを素直に受け取ることができない。


「い、一度しか言わないと言っただろ⁉」

「ご、ごめん……。でも……私たち」


 写真をもう一度見る。

 ……病室で黒い瞳の赤ん坊を抱く加奈子おばさん、そして栄一(えいいち)のいない家族写真。二十一年前に撮られた写真だ。

 ある意味、私たちの間には性別なんかよりよっぽど険しい壁が立ちはだかっている、


「そんなのどうでもいい」

「……ほんと?」


 樹里が無言で頷く。……そのまま顔を近づける。こんなところで、こんな状況で……。そう思う反面、嬉しく思う私がいた。

 私はゆっくり瞳を閉じた。


 だが、あと少しというところで、扉の鍵が開く音がした。急いで樹里から離れる。そして勢いよく扉が開いた。


「樹里様、これはどういうことですか?」


 総一郎(そういちろう)が私たちを(にら)む。遅れてやって来た三人が割れた窓と私たちを交互に見る。


「一二三さんを連れて逃げるつもりだったのかい?」


 新太(あらた)が樹里に聞く。たしかに状況だけを見れば、その疑問は当然だろう。だが、私たちは逃げるのではない。


「……ちょうどいい」

「どういうことだよ」


 樹里が立ち上がり、笑った。それはまるで新しいおもちゃを見つけた子供のような笑み。恐らく、好奇心を抑えきれないのだ。


「真犯人が判った」

「なっ……」

「本当ですか⁉」


 彼女の発言に全員困惑している様子だ。

 すると栄一が声を荒げた。


「冗談を言ってる場合かよ⁉ 犯人は一二三ちゃんだ!」

「……はぁ」


 ため息をつき、私のことを見る。


「一二三、お前も犯人が誰か判っているよな?」

「え? う、うん……。自信はないけど……」


 多分、あの人だとは思う。だが、もし間違っていたら……。そう考えると足が震えてきた。そんな私を落ち着かせるためか、樹里が私の手を優しく握った。


「大丈夫だ。どうやったかは私が答える。だからお前は誰がやったか、そして何故やったかを言えばいい」

「わ、わかった……」


 深呼吸をする。そして私たちを不安そうに見る四人を見つめた。


 ここで足踏みするわけにはいかない。もう二度と後悔しないためにも……。


 ……もう逃げない。目を逸らしたりなんてしない。


 俯瞰島で起きた連続殺人。きっとこの場にいる誰もが、最初は遺産目当ての犯行だと思っただろう。だがそれは間違っていた。

 赤崎(あかさき)加奈子(かなこ)安井(やすい)蔵之介(くらのすけ)を殺し、そして私たち全員をこれから殺そうとしている犯人……。それは……。

 私は彼を指差して宣言した。


「貴方が犯人だ……。赤崎栄一……!」

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