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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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5話 End & Start①

宮森麗奈(みやもりれいな)の住んでいたマンションの管理人の証言


 飛び降り事件が起きる少し前のことでした。宮森さんの部屋から叫び声がしたんです。

 そう珍しいことではないのですが、流石に注意せねばとインターホンを鳴らしました。しかし反応がなく、出直そうとしたところで何かが潰れる音がしたんです。……こう、グシャリって。

 ……えぇ。それが人間が落下した音だと知ったのはすぐ後のことでした。


 部屋にこれといっておかしなところはありませんでした。ただ少し気になることがあるとしたら、ベランダですね。

 ベランダには段ボール箱が置かれていました。警察の方は飛び降りる際の踏み台に使ったのだろうと言ったので、私もそれで納得しました。

 それともう一つ、洗濯物は一つも干していないのに、折り畳み式のハンガーが掛けられていたんです。はい、靴下とか小物をたくさん挟んで干せるやつです。ただ少し壊れていたというか、洗濯バサミがいくつか無くなっていたんです。まぁ、ただの偶然かもしれませんが。


 その後刑事さんたちに何度も同じことを聞かれ、その度に同じことを答えました。少しでも事件解決の糸口になればと思って……。しかし結局は自殺として処理されてしまいました。

 宮森さんは自殺するような人じゃありませんよ。良くも悪くも、我が強い人でしたから。

 嫌なことがあれば周りの部屋のことなんて気にしないでよく暴れていました。しかし翌日にはケロッとしていましたよ。……だから、言い争いくらいで自殺なんてしませんよ。


 六巳百華(むつみももか)さんですよね。直接お会いしたことはありませんが、名前は宮森さんから聞いたことがあります。

 え? はい。定期的に二人は会っていたそうですよ。あの部屋にも何度か来ているはずです。

 四条(しじょう)さんもご存知だとは思いますが、六巳さんはあの日も宮森さんの部屋に来ていました。

 ……酷い言い争いでしたよ。マンションのどこにいても聞こえるんじゃないかってくらい大声で。そしたら急に静かになって、六巳さんが部屋から出ていきました。その後また宮森さんが暴れ始めて……ここから先はもう話しましたね。


 刑事さんの中にも熱心に話を聞いてくれる人がいたんですけどね。ヨレヨレのコートを着たコロンボ風の刑事さんです。

 対照的に一緒にいた部下の方はすぐに自殺で片づけようとしていましたね。


 私に話すことができるのはこれくらいです。

 部屋も綺麗に掃除してしまいましたし、何度調べたとしても有益な情報が得られるとは思いませんが、ご自由にどうぞ。



 ガタンという音を鳴らして、自販機が缶コーヒーを落とす。

 近衛(このえ)刑事がそれを取り出すと、私に向けて軽く投げた。私はそれをなんとかキャッチした。


「わっ……。あ、ありがとうございます」


 まだ先程買ったジュースが残っているからいらない、とは流石に言えなかった。


「いいよこれくらい。それより、これからどうするんだ? 部屋には何もなかったみたいだが」

「うぅん……。どうしましょうね」

「ノープランかよ」


 無駄に甘いコーヒーを喉に流し込む。コーヒーは甘い方が好きなのだが、甘すぎても舌の上に残る味がくどくて苦手だ。

 それはともかく、せっかく意気込んで調査を開始したのだが成果は無し。前回樹里(じゅり)と一緒に来た時と状況は何も変わらない。

 やはりこれ以上部屋を調べたところで、証拠は見つからないだろう。


「麗奈さんが落ちた駐車場周りを調べてみて、それで何も出てこないなら諦めて大人しく樹里ちゃんのところに戻ります」

「警察も調べたはずだと思うんだがな」

「でも、警察はすぐに自殺だと断定したじゃないですか」


 私にはこれが自殺だとは思えない。

 ただ、他殺なら犯人は百華ということになる。それは私にとっては辛い真実だ。

 そして真実が判明したところで、誰かが救われるということもない。


「それにしても、かなり散らかってますね」

「あぁ、酷い有り様だ」


 私は飲み終えた缶をゴミ箱に捨て、改めて駐車場の惨状を確認した。

 菓子の袋、ビールの空き缶、コンビニの弁当箱に割り箸。各種様々なゴミが無責任に放棄されていた。

 管理人はこれを見て「掃除してもすぐにこうなる」とぼやいていた。


「片付けながら調査しますか。近衛さんもこれ使ってください」

「え、俺もやるの?」


 バッグからコンビニのレジ袋を二枚出して、一枚を困惑する近衛に渡す。元々袋に入っていた私と樹里の分のジュースは、周りの荷物を濡らさないようにタオルで巻いてからバッグの中に戻した。

 合流時に樹里に差し入れとして、彼女が最近好んでいるジュースを渡すはずだったのだが、結局渡しそびれていた。それがまさかこんなところで役に立つとは。


「これじゃまるでただのボランティアだな」

「まあまあ、そんなこと言わずに」


 袋の中にゴミを入れる。たしかにこのままではただの慈善事業であることには違いない。

 それに駐車場に転がっているゴミも事件が起きてからずっと残っていたわけではない。

 事件時にあったゴミは警察が調べた後に管理人が掃除をしてしまった。もしくは風に飛ばされて何処かに行ってしまった。そして住人や近所の不良によって新たなゴミが廃棄された。

 つまり、事件時にあったゴミを今更探すとしたら掃除しにくい場所や風で飛ばされなさそうな場所を調べるしかない。


「よいしょっ……」

「いきなり何してんだよ」


 私はうつ伏せになり、スマートフォンのライトを点けた。

 そして一階の各部屋に設置されている室外機の下を照らす。すると三つ目を調べたところで、気になるものが目に入った。

 汚れるのも躊躇わずに、私は手を入れてそれを取った。


「洗濯バサミ……? 何か挟んでいるな」

「破れた布、多分タオルかハンカチですかね。でもなんでこんなところに?」

「壊れたのが上の階のベランダから落ちてきたんだろ。ただのゴミだよ」


 本当にそうなのだろうか。

 ……もしかしたら、管理人のあの証言が関係しているのかもしれない。


 壊れた洗濯バサミ、破れた布、ベランダに置かれたダンボール箱、そして宮森麗奈はベランダか落ちて死亡した。

 これらが全て一つの線で繋がっているとしたら。やはり、これは自殺じゃない。


「……そうか、そうだったんだ!」

「何かわかったのか?」

「はい、全部解りました。……六巳百華さんが、どうやって麗奈さんのことを殺害したのかが」

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