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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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4話 Don't forget me④

「つまり、幸田(こうだ)さんは共犯者じゃなかったってこと?」

「あぁ、もしくは一緒に死んだ堰遼(せきとおる)。こいつが全ての事件の犯人である可能性が高いということだ」


 木箱に入っていた『A』と『Z』のプレート。これは彼らが事件の主犯格である大きな証拠だ。

 そして樹里(じゅり)は自身の考えを整理するかのように語り始めた。


「私達が携わった最初の事件、幸田権平(げんぺい)はトラックの運転手として冷凍倉庫へ。積荷に紛れ込んでいた堰は栄一(えいいち)の死体と氷を運び込み、あのオブジェを作った。……そして堰は倉庫内に待機、その後逃走するところを宿毛右今(すくもうこん)に目撃させて、嘘の証言もさせた。堰は小柄だが……厚底の靴を履けば誤魔化すことは可能だ……。そう…考えられるんだが……」


 しかしどんどん樹里の言葉は歯切れが悪くなっていく。

 恐らく彼女も気づいているはずだ。この推理では肝心な問題を解決できていなことを。


「それじゃどうやって栄一さんを脱獄させたか説明できない」

「……そうだ。それが一番の問題なんだ」


 堰が警察関係者でもない限り、獄中から栄一を連れ出すことは不可能だ。

 なら他に共犯者がいる? だがそれが誰なのか、その証拠は何一つとしてない。


浦崎(うらざき)さん! 監視カメラにアパートを出入りする女性が映っていました!」


 岸部(きしべ)が部屋に入ってくる。

 まだ自殺だと決めつけることはできない。何らかの方法を使って偽りの密室を作りだした可能性もある。


「私たちも確認してもいいですか」

「……まぁ、仕方ないか」


 岸部は渋々頷いた。



「では、もう一度再生しますね」


 アパートの大家が再生ボタンをクリックした。パソコンの画面に今朝撮影された映像が流れる。

 アパートの入口に取り付けられた監視カメラ、そこに住人以外の女性が映っていた。まだその女性が事件に関わっているとは限らないが確認しておくべきだ。


「女性が映っていたのは午前六時、私たちが来る二時間前です」

「随分と早い来客ですねぇ」

「部屋の中にいたのは十分程度……。あっ、この人です」


 岸部が画面を指差した。

 そこにはアパートを出る女性が映っていた。顔もはっきりと見えている。

 短い黒髪の女性。小柄で童顔だが、年齢は三十代ほどだろうか。


「な……」


 樹里が明らかに困惑した声を漏らした。そして画面を食い入るように睨みつける。


「なんでこいつがここにいるんだ⁉」

「じゅ、樹里ちゃん、どうかしたの?」

「……私はこいつと会っている。四月の初めに」


 四月の初めに樹里が会った人物。そして彼女がこんな反応をする人物は一人しか考えられない。


宮森麗奈(みやもりれいな)。いや、彼女の名を騙る何者かだ」

「もしかして、あの事件と今回の事件は繋がっている……?」


 そう気づいた瞬間、私の足は勝手に動き始めていた。


「おい! 一二三(ひふみ)!」


 樹里の制止を無視してアパートから出て自転車に乗る。車内で待機していた監視の近衛(このえ)刑事が慌ててエンジンをかけた。

 必死にペダルを漕ぐ。ここからあの現場は幸い十分程度全力で走ればたどり着く距離だ。

 交差点に差し掛かり、信号機が点滅する。いつもなら停止するのだが、今の私は全速力で横断歩道を通過した。


「……ッ⁉ なんでこんな時に限って……」


 右手に力が入らなくなる。

 バランスを崩してかなりの蛇行運転になってしまう。通行人が迷惑そうな表情で私の乗る自転車を避けた。


「最近は安定してたのに」


 私の右腕には怪我による後遺症が残っている。

 始まりの事件で、私は樹里を庇って栄一に右肩をナイフで刺された。それが原因で私の右腕は時折痺れで動かなくなることがある。それも最近はかなり回復していたのだが、まだ完治したというわけではない。


「おい! どこに向かってるんだよ!」


 追いついた近衛が車のスピードを落とし、窓を開けて叫んだ。


「宮森麗奈さんの自宅です!」

「あの監視カメラに映ってた女か⁉ 浦崎さんから事情は聞いたがなんで今更!」

「違います! 本物の宮森麗奈さんです!」


 本物の宮森麗奈は死亡している。

 その事件の再調査が、私が必死に自転車を走らせている理由だ。


「一連の事件と麗奈さんたちの事件。そして双子塔の事件に関連性があるとしたら……」


 宮森の死には、あの人が関わっている。


百華(ももか)さん。……貴女は何か知ってたんじゃないの?」


 自転車を停める。その隣で近衛が乗る車も急停止した。

 宮森のマンションを前回調査したのは三日前。それなのにもう随分と前のように思えた。


「ここか?」

「はい。管理人とは前に会っているので、多分部屋はすぐに見せてもらえると思います」


 といっても刑事である近衛がいなければ断られていただろう。前回の行動のせいで、管理人は間違いなく私を警戒しているはずだ。

 少なくとも、何も考えずに飛び出してきたのは思慮が浅かったと言わざるを得ない。


「それで、本物の宮森麗奈はなんで死んだんだ?」

「近衛さん、刑事なのに知らないんですか?」

「捜査に参加していない事件について知ってるわけないだろ」


 ……それもそうか。

 私は脳内で勝手に納得した。


「事件が起きたのは二ヶ月前。麗奈さんは部屋のベランダから飛び降りて……亡くなりました」

「それってどう考えても自殺じゃないのか?」

「えぇ、私たちもそう考えました。ですが麗奈さんが飛び降りる直前、六巳(むつみ)百華という女性が監視カメラに映っていたんです」

「そいつが事件に関係していると?」

「そうです。詳しい説明は省きますが、その可能性が高いと私たちは考えています」


 管理部屋の扉をノックする。事情を伝えると管理人は嫌そうな顔をしたのだが、隣に立っていた近衛がまるで刑事ドラマそっくりな仕草で警察手帳を見せると、すぐに鍵を取りだした。

 こうして私たちは、今回の事の始まりである事件を再び調べることになった。

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