4話 Don't forget me③
チェーンを切断し、部屋の中に入る。
室内には中年の男の遺体と、若い女の遺体があった。男の遺体は幸田権平のもので間違いないだろう。
「浦崎、お前もこの展開は予想していたんだな? だから私をここに呼んだんだ」
「えぇ。ただ本当にこんなことになるとは思っていませんでしたよ。あくまで樹里ちゃんを呼んだのは保険のつもりでした」
浦崎が手を合わせ、死者の冥福を祈る。そして女の頭部に触れた。
「後頭部を硬いもので殴られたのが死因ですね」
「凶器はこれだな」
女の側にはバラバラになったガラス片が散らばっている。岸部がその一つを拾った。
そしてテーブルの上にはドーム状の形をしたガラスが置かれていた。恐らく元の形は球状だったが、女を殺害した時に割れて今の形になったのだろう。
「これは水晶玉ですかね? 占い師がよく使う。まあ、サチヱさんが使っているところは一度も見たことがありませんが」
「私もない。あいつにはそんなものがなくても見ることができたんだろうな」
俯瞰島に建つ屋敷の中でも水晶玉なんて見たことがない。というより、祖母は占いに道具なんて一つも使っていなかった。
「それより、連絡しなくて大丈夫なんですか?」
「誰にだ」
「一二三ちゃんにですよ。今日は捜査じゃないって嘘を吐いているんでしょう?」
「……そうだな」
できることなら巻き込みたくはない。
だが、新たな事件が起きてしまっては隠し通すこともできないだろう。
私はスマートフォンを取りだし、一二三に電話をしようとした。しかし彼女には繋がらず、無機質な音声がスピーカーから流れた。
「あいつ、まさか余計なことをしてるんじゃないだろうな……」
「近衛くんに訊いてみます」
一二三には近衛刑事を含む複数の警察官たちの警護がついている。彼女の身に何かあればその内の誰かから報告があるはずだ。
「とりあえずは状況の確認からだ」
私は改めて扉を見た。
「鍵は掛かっていなかったがチェーンは掛けられていた。外部からチェーンを掛けることは不可能。なら扉を使って逃げることもできないな」
「あぁ、そして窓も施錠されている以上……これは自殺だな」
自殺。たしかにそうとしか考えられない。
女を殺したのは幸田。水晶玉で後頭部を叩き殺害した後、自らも首を吊って命を絶ったと考えれば自然だ。
「だが何故?」
「証拠隠滅のために宿毛を殺害したのはいいものの、これ以上逃げることができないと悟ったんだろ」
「ならこの女は何者なんだ?」
「それは……調べてみなきゃわかるわけないだろ」
岸部と話をしながらも、私の指はスマートフォンを操作して何度も一二三に通話を試み続けている。
しかし結果は同じだ。
舌打ちをしながら電源を切ろうとすると、スマートフォンが震えた。期待しながら画面を見ると、病院からの電話だった。
私はすぐに通話を拒否した。
「出なくていいんですか?」
「あぁ、病院からだ」
「……それって、琴子さんの件ですかね?」
「だろうな」
浦崎が岸部には聞こえないように声を潜める。
琴子との一件には緘口令が敷かれていて、そのことを知っている刑事は少ない。浦崎はその数少ない一人だ。彼の様子を見るに、岸部にも伝えていないのだろう。
岸部がこちらを不思議そうに見つめている。それに気づいた浦崎がわざとらしく咳払いをした。
「そんなことより、近衛くんも出ませんねぇ」
「なっ……、それを先に言え! ……まさか、何かあったんじゃ」
……そんなはずがない。自分で自分の言葉を否定する。
祈るように、もう一度通話ボタンに触れる。すると今度は無機質な音声が流れることなく、発信音が鳴り続ける。
そして、女性の声がした。
『も、もしもし……?』
一二三が気まずそうな声を出す。
「一二三ッ! お前今どこにいるんだ⁉」
思わず声を荒げてしまう。
だが一二三は確実にただ買い物に出かけているというわけではない。それなら最初にかけた時にすぐ出るはずだ。
『ご、ごめん! 今ちょっと出かけてて……』
「緊急事態だ。今すぐこっちに来い」
出かけた一二三と、彼女が出かけてもすぐに報告しなかった護衛を問いただすのは後でもいい。今は現状を報告するのが先だ。
『何かあったの?』
「新しい犠牲者が見つかった。しかも今度は一気に二人だ」
●
「樹里ちゃん!」
樹里に言われたアパートにたどり着くと、私はすぐに彼女に抱き着いた。
ただの野暮用というのはやはり嘘だった。聞きたいことは山ほどあるのだが、まずは現状の確認だ。
「浦崎さん、被害者の死因は?」
「幸田権平の死因は首を吊ったことによる窒息死。もう一人の女性は後頭部を水晶玉で殴られたことが原因ですね」
「その女性の身元は?」
「財布に免許証がありました。堰遼、年齢は二十八歳。職業は今のところは不明ですね」
遺体を発見してからまだ一時間も経っていない。名前と年齢が判明しているだけでも十分な成果だろう。
樹里の話によれば、現場は密室に近い状態だった。そして幸田は首を吊って死んでいる。ならばこれが他殺である可能性は低い。
「幸田さんは自殺。堰さんはそれに巻き込まれた……ってことですかね」
「えぇ、少なくとも私たちはそう考えています。それともう一つ」
浦崎は部屋の隅に置かれた木箱を指差した。
私はそれに近づき、ゆっくりと蓋を開ける。箱の中には見覚えのあるものが入っていた。
「これってまさか……」
「あぁ、こんな幕切れになるとはな。がっかりだよ」
樹里が中身の一つをつまんだ。『A』の形をしたプレート、そして箱の中には彼女が持っているのと同じデザインのもの、そして『Z』の形をしたものが複数入っている。
……そう、宮代相馬の部屋にあったものと同じものだ。そしてこれは赤崎栄一が殺された冷凍倉庫にも置かれていたらしい。
幸田がただの共犯者だとしたら、ここにこのプレートが置かれているのはおかしい。
「つまり、幸田さんは共犯者じゃなかったってこと?」
「あぁ、もしくは一緒に死んだ堰遼。こいつが全ての事件の犯人である可能性が高いということだ」