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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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4話 Don't forget me①

「死にたぁい……」


 私は起きてから何度も同じ台詞を垂れ流していた。

 その原因は昨晩樹里(じゅり)にしてしまった行為。あの時はテンションに身を任せ、彼女に酷いことをしてしまった。


「別に私は気にしていない」

「嘘だ!」


 涙目の樹里に睨まれたことを鮮明に覚えている。

 樹里が恥ずかしそうに頬を掻く。きっと気にしていないわけではないのだが、それが嫌だったわけではないのだろう。

 しかし、だからといってそれが自信の蛮行を後悔しない理由にはならない。


「これから少し出かけるから、一二三(ひふみ)はここで大人しくしていろ」

「えっと、捜査?」

「……違う。ただの野暮用だ」


 ……嘘だ。

 樹里はいつもよく着ている黒いパーカーに着替えると、すぐに外へ出ていってしまった。


「結局私は足手まといなんだね」


 勿論彼女の気持ちは理解している。

 私を巻き込みたくないのだろう。それがより一層私の劣等感を刺激してくる。


「じゃあ私も好きに行動させてもらいますよーだ」


 クローゼットから適当にシャツとスカートを取り出し着替える。

 樹里には大人しくしているよう言われたが、それに従うつもりは毛頭ない。

 正直に言えば、私は怒っていた。樹里に対してではない。無力な自分自身にだ。


「とりあえず、もう一回あそこに行ってみよう」


 特に行き場のあてはない。なら一度調べた場所をもう一度見るくらいしか、私にできることはない。

 ……結局のところ、今の私にできることはあまりないのかもしれない。



「それで、なんでここに?」

「それはこっちの台詞です。近衛(このえ)刑事、連絡もしていないのになんでここにいるんですか? ストーカーですよ」

浦崎(うらざき)さんに言われてるんだから、仕方ないだろ」


 近衛刑事は私の護衛だ。恐らく他にも警察官が隠れて私の周りに配備されているのだろう。

 予想以上に手回しが早いが、だからこそあの写真を樹里に見せたのだ。


「まあ、ちょっと色々と思うところがありまして。結局まだ犯人もわかってないわけですし、冷凍倉庫をもう一度調べてみようと」

「……今日平日だぞ。お前学生じゃなかったのか?」


 近衛はこの前とは違ってかなり砕けた話し方をしている。きっとあれは浦崎の前だったからであって、これが本来の彼なのだろう。


「もう大学卒業は諦めてるんで。気にしなくていいですよ」


 実際四年生になってから一ヵ月、就職活動もしていないし、なら講義に出席しているのかというとそんなこともない。

 祖母の遺産を食いつぶすことのないように、自身で生活できるだけの収入を得ると決めていた過去の矜持はどこに行ってしまったのだろう。このまま探偵の仕事を続けたとしても、きっと収入は微々たるものなはずだ。


「そういえば、宮代(みやしろ)さんは以前ここで働いていたんですよね?」

「えぇ、そうですが」


 冷凍倉庫内にいるのは私と近衛だけではない。ここで働いている警備員、臼杵(うすき)左児(さじ)も一緒にいた。

 この時間に彼が警備をしていたのは偶然なのだが、私は彼に一つ訊ねたいことがあった。


宿毛(すくも)さんは宮代さんとどんな関係だったんですか?」


 同じ職場なら、面識自体はあったはずだ。

 何故犯人が宮代を殺害し、栄一(えいいち)殺しの罪も被せようとしたのか。そして宿毛は何故それを見逃すどころか、協力までしたのか。その答えは得られないかもしれないが、ヒントくらいなら手に入るかもしれない。


「そうですね……。あまりプライベートで関係があったのかはわかりませんが、少なくとも勤務中はそれなりに仲が良かったようですね。歳も近いようですし」

「じゃあ火傷をしてからは?」


 大家の証言では宮代はこの職場で起きた事故が原因で顔に火傷を負っている。

 それ以降はほとんど部屋に閉じこもり、知人とのかかわりもほぼ絶っている状態だったはずだ。


「あれから彼と会ったという話はなかったですね。多分誰も相馬(そうま)くんとは会っていないと思いますよ。……酷い事故でしたから」

「……どんな事故だったんですか?」

「右今くんの不注意で、倉庫内で発火事故が起きたんですよ。幸いすぐに鎮火したのですが、一緒にいた相馬くんが……」

「なるほど」

「それからすぐに相馬くんは仕事を辞めてしまい、右今(うこん)くんもずっと後悔していましたよ」


 やはり、動機がわらない。

 宿毛は自身の行いを悔いていた。なら、何故彼は宮代が殺されるのを見逃した?

 ……宿毛は宮代が殺されることを知らなかったとしたら。いや、彼は『火傷跡の男』と嘘の証言をした。

 『火傷跡の男』と聞いて彼は間違いなく宮代相馬を連想したはずだ。なのに彼は犯人に言われた通りの証言をした。その理由がどうしてもわからない。


「やっぱり、ここじゃ新しい情報は手に入らないのかな。だとしたら、次はあそこに」

「なんだよ。あんまり好き勝手行動されたらこっちだって護衛なんてできないんだぞ」


 近衛がぼやいた。

 動機が理解できないのは宮代殺しの件だけではない。この一連の事件全て、犯人の動機が見えてこないのだ。

 宮代と宿毛の二人には繋がりがある。しかし、二人は栄一と繋がりはない。

 そして芦田恭一(あしだきょういち)は宮代との関係があるが、栄一と宿毛との関係はない。

 なら他の犠牲者たちは。この一ヵ月で犠牲になった人たち、そして十年前に起きた連続殺人事件で犠牲になった人たちに何らかの関係性があるのだろうか。


「樹里ちゃんが今捜査をしてるんですよね。なら私は別のことをします」


 私たちがこの倉庫に来る前に調べていた事件。あれを改めて調査する。そうすれば樹里の力になれることの証明になるはずだ。


「またナユちゃんに怒られる前に連絡しなきゃ」


 恐らく今日も帰りは遅くなるだろう。

 那由多(なゆた)は現在学校にいる。つまり(あかね)に伝言を頼んでおけば問題ないはずだ。

 スマートフォンを取り出し電話をかけようとしたが、しかしそれは不可能だった。


「あれ、圏外だ」


 そして私は納得した。前回ここを調べていた時、何故私は那由多からの連絡に気づかなかったのか。

 それはこの倉庫の中が圏外だったからだ。これでは連絡が届くはずもない。


「連絡くらい移動しながらすればいいだろ」

「そうですね。臼杵さん、何度もお邪魔してすみませんでした」

「いえいえ。犯人、見つかるといいですね」


 冷凍倉庫を出て、臼杵と別れるとスマートフォンが震えた。


「やばっ……」


 樹里からの電話。私は近衛を睨んだが、彼は首を横に振った。

 恐る恐る通話開始ボタンをタップする。


「も、もしもし……?」

『一二三ッ! お前今どこにいるんだ⁉』

「ご、ごめん! 今ちょっと出かけてて……」

『緊急事態だ。今すぐこっちに来い』

「何かあったの?」

『新しい犠牲者が見つかった。しかも今度は一気に二人だ』

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