3話 私だけが知る彼女の表情③
「……服、脱いで」
「なんでそんなこと……」
「それは…樹里ちゃんとしたいから」
言ってしまった。もう引き返すことはできない。
別にこういうことをするのが初めてというわけではない。私から誘うこともあれば、彼女から誘われることもある。
しかし、大抵は成り行きでそうなるだけ。ここまで直接的に言ったことは一度もない。
「わかった、それで一二三は許してくれるんだな」
……予想以上に樹里も引きずっているようだ。なんだか気分が良くなってしまう。
樹里がゆっくりとシャツを脱ぎ、細く白い身体が露わになる。出会った頃はあばら骨が浮き出ていた身体も、今は比較的健康なものになっている。
「うん、やっぱり綺麗」
「……うるさい」
立ち上がり、樹里の背中に触れる。
そして私の指がホックを外した。下着が床に落ちる。
気づくと私は樹里のことをベッドに押し倒していた。
「そんなにジロジロ見るな……」
それは無理な注文だ。どうしても私の視線は一か所に釘付けになってしまう。
白く小さな膨らみに付いた桃色の突起物。その片方を左手の指でつまみながら、右手で下を脱がせる。
「く…んんっ……、ひっぱぁ…るな……」
「えぇ、どうしようかなぁ」
一糸も纏わぬ姿になった樹里は時折艶っぽい吐息を出しながらベッドのシーツを掴む。それがますます私を興奮させる。
強く握れば折れてしまいそうな腕を掴んだ。左手では彼女の突起物を弄び続ける。そして無防備なもう一つの突起物を口に含んだ。舌や歯で弄びながら感覚を楽しむ。
「んぁっ……や、やめ…て……」
「ん、ぷはっ……。ほんとにやめてほしいの?」
左手を樹里の胸から下へ撫でながら移動させる。腹部よりも下に。
そして人差し指を彼女の中に入れた。千切れるのではないかと感じるくらい指が締め付けられる。
「そんなこと言って、本当は樹里ちゃんも興奮してる癖に」
「うるっ、さい……」
指を抜くと糸が垂れてシーツを汚した。
樹里の体液で濡れた人差し指を自分の口に運ぶ。別に美味しくはないのだが、彼女と一つになれる気がして高揚してしまう。
「じゃあ次はこっち」
今度は樹里の右足を持ち上げる。
私が彼女の太ももを舐めると、彼女の身体がビクンと跳ねた。
「あ……ちがっ……」
樹里が涙目で呟いた。普段の彼女が絶対にしない顔、他の誰にも見せることのない、私だけが知っている樹里の表情だ。
「そこ、じゃなくて……。もっと、触って……」
私は多分、優越感に浸っているのだと思う。いつもなら絶対に勝てない樹里が、今は私に懇願している。
……最低だ。興奮と自己嫌悪が私の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。
「どこを触ってほしいの? ちゃんと言ってくれないとわからないなぁ」
「それは……言えない」
樹里が恥ずかしそうにしているだけで、私の心臓が爆音を鳴らす。
ダメだ。もう我慢の限界。
「しょうがないなぁ……」
私も服を脱ぎ捨て、裸体になる。
そして樹里の両手の指と私の指を絡ませ、唇を重ねた。
「今日は樹里ちゃんのこと、滅茶苦茶にしちゃうかも」
●
「なるほどねぇ……。私の写真かぁ」
アイスコーヒーを喉に流し込む。火照って汗が滲んでいる身体が冷やされていくのを感じた。
樹里は毛布で体を包みながら、涙目で私のことを睨んでいた。いつもは整っている白い長髪も今は酷く乱れてしまっている。
「ケダモノめ」
樹里だって後半はノリノリだったくせに。流石に今それを言えば本気で怒られてしまうだろう。
「だから私のことを離そうとしたの?」
「……そうだ」
こんな手を使わなければ、きっと樹里は教えてくれなかっただろう。
正常な判断力を奪って聞き出すなんて、やはり私は最低だ。
「事件にこれ以上関わればお前を遠ざけていたとしても、危害が及ぶ。それを理解していたはずなのに、私は逃げることができなかったんだ。……私は最低だ」
どうやら樹里も私と同じように、自身を卑下していたようだ。そのことに少しだけ安心してしまう。
「うん、そうだね。最低、だからこれでお互い様ってことで」
「……後で覚えておけ」
たしかに今夜の私は頭がどうかしていたとしか思えない。きっと明日の朝になって落ち着いたら、恥ずかしさで死にたくなってしまうだろう。
だからこそ、樹里が宣戦布告とも受け取れる発言をするのも無理はない。しかし、正直に言えばまだ冷静になれていない私にとってこの発言は逆効果だった。
明日の夜、先程私が樹里にしたようなことを、今度は彼女が私にしてくるのだろう。
……真面目な話をしたいのに、どうしても思考が淫猥な方向に猛スピードで突進してしまう。私は必死に思考を振り払い、彼女の顔を見た。
「どちらにせよ危ないなら、私は樹里ちゃんを手伝うよ。樹里ちゃんの力になりたい」
「だが、死ぬかもしれないんだぞ⁉」
そんなの最初からわかっている。危険が及ぶというのは、怪我をするという意味でも、犯人によって辱められるという意味でもない。命を失うということだ。
もしかしたら犯人に凌辱された後殺されるという可能性もあるが、結局のところ死という結末は変わらない。
たしかに樹里が行動を続ける限り私が襲われる危険性は変わらない。しかしあの写真を彼女に見せたのは浦崎刑事だ。
浦崎は樹里が私の危険を理解した上で捜査を続けることがわかっているはずだ。なら対策も用意していたに違いない。
例えば護衛。相手がどんな存在かわからないが、一緒に捜査をするよりかは何倍もマシなはずだ。
だが、そんなのはごめんだ。
「私、覚悟できてるよ。だから、私を置いて行かないで。……ずっと一緒にいさせて」
後々になって考えれば、私は覚悟をしていたのではなく、想像できていなかっただけなのかもしれない。
何かを失うということを。そして、大切な存在を失った側の立場というものを。