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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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2話 死者からのメッセージ⑥

「警備室からでは冷凍倉庫から出てくる人物の顔なんて見えない。私が包帯を巻いていたのもわからなかったんだ。顔の火傷跡なんてここからじゃ到底見えるはずがない」


 宿毛(すくも)は黙ったまま私の話を聞いている。反論も特にしてこない。


「お前が共犯者の一人なら、脱出の謎も、火傷跡の男も、全て説明できるんだ。お前以外あり得ないんだよ。宿毛右今(うこん)!」

「……そうだ。俺の証言は真っ赤な嘘だ」


 宿毛は笑った。

 何一つ悪びれる様子はない。まるでイタズラを叱られている小学生のように、彼の表情には反省の色なんて一片たりともなかった。


「俺は宮代相馬(みやしろそうま)なんて見ていない。そもそもそいつの顔も知らない。俺は言われた通りの証言をしただけだ」

「誰の命令なんだ」


 それが一番の問題だ。

 宿毛は栄一(えいいち)殺しの実行犯ではない。あくまで共犯者、会ったことがないというのが本当なら、宮代を殺した人間も別にいるはずだ。


「それは言えない。言ったら俺は殺されるからな」

「この近くに警官たちを配備させている。犯人も手出しはできないはずだ」

「それでも、言うわけにはいかない。そういう契約だからな」


 そして宿毛はコーヒーを飲んだ。


「チッ……。まだ閉幕とは言えないが、少なくともお前はもう終わりだ。退屈な謎だったよ」


 放置されていた受話器を取る。

 電話相手の一二三(ひふみ)の周りには、警察官たちが待機しているはずだ。合図を送ればすぐに駆け付けるだろう。


「一二三、終わったぞ。宿毛が自白した」

『わかった! 今からそっち行くね!』


 電話が切られる。

 これで事件は終わりだ。しかし、二人を殺した実行犯はまだわかっていない。だが手がかりがなくなったわけではない。

 まずはトラックの運転手からだ。そいつを調べれば、真犯人にたどり着けるかもしれない。


 ──そう考えていた直後、宿毛が口から血を吐いた。


「なっ……、お前何をした⁉」


 私は宿毛がコーヒーを飲むのに使った紙コップを見た。

 彼が口にしたのはこれだけ。つまりここに彼が吐血した原因があるはずだ。だとしたらコップの中に入っていたのは……。


「まさか、毒を飲んだのか⁉」

「ぐ……な…んで……」


 違う。これは自ら毒を飲んだわけじゃない。

 犯人はわかっていたんだ。宿毛がここで自らの行いを白状するということを。だから余計なことをされる前に切り捨てたのだ。

 私に彼を助けることはできない。なら今優先すべきなのは真実を知ることだ。


「誰がお前に毒を盛ったんだ! 教えろ!」

「いえ…ぁ…い……」

「どうしてだ! そいつはお前のことが不要になって、殺そうとしてるんだぞ⁉」


 ……しかし、もう返事はなかった。宿毛右今は口から泡を吹きだし、事切れてしまった。

 犯人は宿毛の行動を読んでいた。だからこそ紙コップかインスタントコーヒーに毒を仕込んだ。つまり私の行動も読まれていたことになる。


樹里(じゅり)ちゃん! だいじょう……ぶ?」


 こちらに近づいてきた一二三が立ち止まり、宿毛の死体を見る。


「……やられた。今回は犯人の方が一枚上手だったようだ。いや、今回もか」

「犯人に心当たりがあるの?」


 私は頷いた。

 今回の事件の顛末に、私は過去に遭遇した事件を思い出した。


「双子塔での事件、あれも犯人は最後に毒で死んだ」

祥子(しょうこ)さんだよね……」


 鶴居(つるい)祥子を名乗っていた殺人鬼、彼女は最後に自ら毒を飲み命を絶った。

 だが明らかに異なるのは、今回は自殺ではなく他殺ということだ。

 明確な証拠は何一つない。しかし、私の直感が告げていた。この二つの事件は繋がっている。


「恐らく、この事件もやつが関わっている」


 あの時私たちに語りかけた謎の男、もしかしたらまたあいつが裏で黒幕面をしているのかもしれない。

 自分に従う人間のことをただの駒としか見ていない。ゲーム感覚で人を殺すバケモノだ。


「バケモノ…か……。人のことをとやかく言える身じゃないな」



「宿毛右今、年齢は二十五歳。両親は幼い頃に他界しているそうです。それからは高校を卒業するまで施設で暮らしていたみたいですね」


 近衛(このえ)刑事が淡々と死者の経歴を語る。

 私と樹里は倉庫を離れ、岸部(きしべ)刑事のパトカーに乗せられ警察署内に連行されていた。現在は会議室で事件の報告と今後についての話し合いをしている。


「宿毛は病院に搬送されましたが、つい先程死亡が確認されたそうです。死因は毒、詳しくは検死報告待ちですね」


 人の死が、ただの情報の一つとして処理されていく。それがなんだか虚しい。


「それで、現場にあれはあったのか?」

「あれ……?」

「アルファベットのプレートだ。栄一と宮代相馬を殺したのと同一人物による犯行なら、確実に警備室にもそれがあったはずだ」


 樹里がそう言った直後、会議室の扉が開いた。


「えぇ、ありましたよ。口止めしていたはずなんですけどねぇ」


 入ってきた浦崎(うらざき)刑事が岸部の顔を見る。表情こそ普段と同じだったが、その表情の裏で部下の失態を(とが)めているのは私にもわかった。

 岸部は咄嗟に浦崎に頭を下げた。


「すみません。ですが、もうこれ以上隠せないと思ったので」

「まぁ、知られてしまったら隠す必要もありませんね。お二人には何からお話するべきでしょうか」


 そんなこと言われても、私たちには知らないことが多すぎる。


「初めからだ。お前たちが隠していること全部話せ」

「私も樹里ちゃんと同意見です。この期に及んでまだ隠し事をするのなら、ここからは自分たちで事件の捜査をします」


 少し喧嘩腰すぎただろうか。しかし、必要な情報を意図的に隠すような人を信用することはできない。樹里の代わりにその態度を示す必要があった。

 今後警察の協力を得ることができなくなるという不利益を被ることにはなるが、警察側にとっても樹里の協力がなくなるのは望んでいないはずだ。

 すると浦崎がため息を吐いた。


「……わかりました。そこまで言うのなら、最初から全てお話します。最初の事件は十年前、山奥の小屋で元資産家の男性が殺害された事件から始まりました」

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