2話 死者からのメッセージ④
「じゃあ、誰が宮代を殺したんだ? お前にメールを送ったってことは、犯人は間違いなく赤崎栄一が殺された事件のことを知っていたはずだろ」
「そうなるよね。多分だけど……」
あの事件について詳しい情報を持っているのが一人ではないとすれば、疑問は解決する。
「やはりあの事件には共犯者がいたんだ」
たしかに、それで冷凍倉庫への侵入の謎は説明できる。しかし、新たな問題も生まれてしまう。
それを樹里が気づいていないとは思えない。
「夜九時に来たトラック、その運転手が共犯者なら侵入は簡単だ。だが、何故犯人はその後朝まで倉庫内で待機していたんだ……?」
「しかも、倉庫から出る姿を宿毛さんに目撃されてるわけだし。顔の火傷跡を見られたら怪しまれるのはわかってたはずだよね」
すると樹里は「そういえば」と呟いた。
「宮代相馬はいつ火傷を負ったんだ? 以前に会った時は火傷なんてしていなかったはずだ」
双子塔での事件で出会った時、宮代の顔には傷なんて存在していなかった。
あれから四ヵ月程度経っている。恐らくその間にできた傷なのだろう。
「それについては今、近衛がアパートの大家を呼びに行っている。そろそろ到着するはずだ」
「そいつが怪我のことを知っているのか?」
「まだわからない。ただ今すぐに連絡が取れそうなのが大家くらいしかいなかったんだよ」
「あれ、芦田さんとは連絡が取れないんですか?」
芦田恭一、宮代の友人で同じく『双子塔連続殺人事件』の生き残りだ。
彼なら宮代の事情についても何か知っているかもしれない。連絡を取ってみる価値は十二分にあるはずだ。
しかし、私がその名前を口にすると、岸部と鑑識官、そして周りにいる他の警察官たちも苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「あれ、どうかしましたか?」
「いや…できることなら俺たちだって芦田から話を聞きたいんだが……」
どうにも岸部の歯切れが悪い。
樹里も何か察したようだ。岸部の顔を睨み、そのことを伝えた。
「芦田恭一の身に何かあったんだな。そしてそのことをお前たちは私たちに隠していたわけだ」
「……浦崎さんにお前たちには隠すように言われてたんだがな。まぁこれ以上は無理か」
そして彼は私たちが想像もしていなかった事実を告げた。
「芦田恭一は三週間前、何者かに殺された」
「え……?」
宮代だけでなく、芦田も殺されていた。
それが事実だとすれば、偶然とは思えない。
もしかしたら芦田を殺した犯人と、栄一と宮代の二人を殺した犯人は……。
「三人を殺した犯人は同一人物なのか?」
樹里も私と同じ考えに至ったらしい。
三人には共通点がある。全員が私と樹里が遭遇した事件に関わっているのだ。その三人が短期間でそれぞれ別の人間によって命を奪われたとは考えにくい。
三人を殺害したのは同一人物、その可能性が高いはずだ。
「あぁ、アンタの言う通り、三件の事件は全て同一人物による犯行だ。その証拠もある」
そして岸部刑事は自身の携帯電話で一枚の写真を私たちに見せた。
写真にはアルファベットの『A』と『Z』の形をしたプレートが写っている。
「これは?」
「全ての事件の現場にこれが残されている。勿論ここにもな」
「……浦崎さんに怒られても知りませんからね」
鑑識官がプレートが入っている透明な袋を取りだした。写真と同じ、『A』と『Z』のプレートだ。
間違いなく、一連の事件は全て同一犯によるものだ。
「冷凍倉庫の現場にもこれがあったが、浦崎さんの命令でお前たちには隠していた」
「何のためにだ? 証拠を秘匿するなんて、そんなのただの妨害だ!」
「そうやって深入りしすぎるのを心配してたんだよ」
険悪な空気が漂う。
それから近衛刑事がアパートの大家を連れてくるまで、私は不機嫌な樹里を必死に宥め続けた。
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大家 萩美喜子の証言
えぇ、私が大家をしている萩です。
いえいえ、こんな時ですから時間なんて関係ありませんよ。私に答えられることでしたら、なんでも訊いてください。
宮代さんは今時の若者という感じでしたね。最初はあまり印象が良くなかったというか……、まあハッキリ言ってしまうと馴れ馴れしいなと感じてしまいましたね。
しかし、段々と話しているうちに人となりがわかってきたと言いますか、人懐っこくて可愛らしい方でしたね。まさかこんなことになるなんて……。
あぁ、あの火傷ですか。私も最初に見た時はびっくりしましたよ。
たしか怪我をしてしまったのは年が明けてからすぐのことだったでしょうか。仕事中の事故だそうです。
……それからは明るかったのが嘘みたいに引きこもるようになってしまって。包帯が無ければ外にも出られなくなってしまったんです。
警備員の仕事もやめてしまったようで。そうです。港近くにある倉庫です。
貯蓄があるから家賃の心配はいらないって何回も言われましたが、そんなことよりも私はずっと彼の精神が心配でした。何度かカウンセリングも紹介したのですが結局一度も行ってくれませんでしたね……。
トラブルですか……? すみません、心当たりは何もありませんね。
昔は色々とあったそうですけど、無理に詳細を訊いたりしなかったものですから。えぇ、何も知りません。ただ、誰にでも昔やんちゃしてしまった過去くらいあると言ったら、「やんちゃで済む話だったら良かったのに」と悲しそうにしていました。……それ以降は本当に何も訊いていません。
勿論犯人にも心当たりはありません。どんなところで恨みを買っているかわかりませんから。もしかしたら私だって、誰かに酷く恨まれているかもしれません。
赤崎…栄一さん……? いえ、聞いたことのないお名前です。その方が何か?
……え? いや、宮代さんがそんなことをしたはずがありません。
昨晩……そういえば、この近くで宮代さんとお会いしました。いつもと同じ格好でしたね。たしか、新しい仕事の面接に行くと。こんな時間におかしいなとは思いましたが……、やはりそんなことを彼にできたとは思えません!
す、すみません。でも、私は宮代さんのことを信じています。
これ以上お話しできることはないと思います。結局あまりお力にはなれなかったかもしれませんね……申し訳ありません。