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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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2話 死者からのメッセージ③

一二三(ひふみ)ッ!」


 タクシーで現場に到着した樹里(じゅり)が周りの目も気にせずに抱きついてくる。彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 普段なら積極的な彼女の行動や珍しい表情に喜んでいたのかもしれないが、今はそれどころではない。


宮代相馬(みやしろそうま)の死体を見つけたというのは本当だな?」


 樹里が涙を拭いながら訊ねる。彼女の顔がパトカーのランプで赤く照らされた。

 私たちのいるアパートの周りに停まっている何台ものパトカーは私が呼んだものだ。

 そして遅れてやってきた一台のパトカーから男が機嫌の悪そうな表情で降りてくる。私は彼の顔を見て思わず樹里の顔色を窺ってしまった。

 樹里はため息を吐きながら男に近づいた。


「やっと起きたか。岸部政宗(きしべまさむね)

「ちっ……、通報してきた若い女が浦崎(うらざき)さんの名前を出したって聞いた時嫌な予感がしたんだが、まさか本当にお前たちだったとはな」

「あの……ご苦労様です」


 岸部刑事はまだ眠そうに欠伸(あくび)をした。消えた栄一(えいいち)を彼は二日間ほぼ寝ずに捜索していたらしい。私たちが栄一殺しを調べている間、捜索から解放された彼はずっと自宅で寝ていたそうだ。


 岸部が頭を掻きながら階段を上る。私たちもその後をついていった。

 そして再び宮代の部屋に入った。


「被害者の死亡時刻は?」


 岸部が鑑識の男に訊く。


「死後およそ半日といったところですかね」

「え? 半日ってそんなわけないじゃないですか!」


 私はすかさず反論をした。私があれを見てから、まだ三時間程度しか経っていない。なら宮代が殺されたから半日も経過しているはずがない。


「なるほど。私に届いたあのメールだな」

「そうだよ! あれが届いた時、まだ宮代さんは生きていたはずだよ!」

「まぁ、お前が私のスマホを勝手に見ていたことは後でゆっくりと聞かせてもらうとして、宮代相馬を名乗る人物からメールが送られてきたからといって、それが本人が送ったものとは限らないだろ?」

「それは、そうだけど……」


 たしかに樹里の考えの方が正しい。

 私がメールを送ってきたのが宮代だと判断したのはメール本文に名前が書いてあったからだ。普通ならそれだけでも送った相手を判断する理由としては十分なのだが、残念ながら今の状況は普通ではない。犯人が宮代を騙ってメールを送った可能性の方が高い。


「一応被害者のスマートフォンは岸部さんが到着するまでの間に確認しておきました。午後八時、赤崎(あかさき)樹里さん宛てにたしかにメールが送信されています。ただこのスマホ、指紋は完全に拭きとられていますね」


 鑑識官が透明な袋に入ったスマートフォンを岸部に渡した。


「ただ画面を綺麗にしたわけじゃなさそうだな。……つまり、そういうことだ」

「あぁ、メール送信を時刻の設定をして予約したわけじゃない。あれは犯人が偽装したものだったんだ。犯人は私にメールを送り、指紋を拭きとって現場から立ち去ったんだろうな」

「……何のために」


 答えはわかりきっている。しかし、それを口にすることはできなかった。

 すると樹里は悲しそうに微笑んだ。


「──私を殺すためだよ。犯人は私のことがよほど邪魔みたいだな」


 そう、樹里を消して自身の正体を暴かれないようにするためだ。そのために犯人は宮代相馬になりすまし、メールを送った。

 ……だが、私は少しだけ安心していた。私が樹里に来たメールを見たおかげで、彼女はあの罠に襲われなくて済んだのだ。


「とりあえず、一つずつ状況を確認していくぞ。一二三がここに来た時、鍵はかかっていなかったんだな?」

「うん。でも途中で扉が動かなくなっちゃって。それで無理矢理開けようとしたら……」

「糸が切れて罠が作動した。そのクロスボウから矢が発射されたわけだな」

「偶然避けることができたんだけど……、当たってたらただじゃ済まなかったよね」


 後頭部をさする。未だに頭を強く打った痛みは消えていない。

 私に命中することなく通り過ぎた矢は駐車場に落ちていた。あれが私の身体を貫いていれば、今私はここに立っていないだろう。


「そして部屋に入ると宮代相馬が倒れていた」

「一目見て宮代さんが亡くなっているってわかったから、まずは樹里ちゃんに報告して、その後通報したんだ」


 嫌な慣れだ。遺体を発見した私は落ち着いて樹里に電話した。彼女は寝起きで機嫌が悪そうだったが、状況を伝えるとすぐに声色が変わった。

 そして警察への通報もして、今に至るわけだ。その時浦崎刑事の名前を出したのは、その方が捜査に介入しやすいと考えたからだ。しかし、現場に彼は来ていない。


「次は死因だな」

「遺体にこれといって外傷は見当たりません。しかし、間違いなく死因はこの注射器ですね」


 宮代の遺体は注射器を握りしめていた。恐らくその中に入っていたものこそが、彼を死に至らしめた原因なのだろう。


「なんらかの薬品が入っていて、それで宮代さんは亡くなったんですね。その入手方法を調べれば犯人が誰だかわかるんじゃないですか?」


 私の問いに鑑識官は首を横に振った。


「毒の出所を調べるのは不可能ですね。というより、注射器の中に毒物の痕跡はありませんでした」

「もしかして、どこにでもあるようなものなんですか?」


 毒物については全く知見がない以上、宮代の体内に何が注入されたのか見当もつかない。


「まぁ、ある意味そうですね。犯人は人工的に心臓麻痺を起こさせて、宮代相馬を殺害したんです」

「……空気か」

「えぇ、その可能性が高いと思います」

「ど、どういうこと?」

「血管に空気を注入して、それが心臓に到達するとかなりの確率で心臓麻痺が起きるんです。解剖したところで証拠は出てこないでしょうね」


 なら殺害方法から犯人を特定するのは不可能だ。

 他に何か宮代の遺体に不審な点がないか調べたいのだが、遺体は既に搬送されていて部屋にはいない。

 私は彼の顔を思い出した。


「そういえば、宮代さんの顔に火傷跡が……」

「何? それは本当か⁉」

「……もしかして、宮代さんが栄一さんを殺した犯人なんじゃ」


 冷凍倉庫から出てきた謎の男には顔に大きな火傷跡がある。その条件を宮代は満たしていた。

 更に彼を名乗る人物からのメールには栄一殺しの事件について書かれていた。二つの事件が無関係とは思えない。

 ただ、宮代が栄一殺しの犯人だった場合、一つ疑問が残る。


「じゃあ、誰が宮代を殺したんだ? お前にメールを送ったってことは、犯人は間違いなく赤崎栄一が殺された事件のことを知っていたはずだろ」

「そうなるよね。多分だけど……」


 あの事件について詳しい情報を持っているのが一人ではないとすれば、疑問は解決する。


「やはりあの事件には共犯者がいたんだ」

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