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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
終章 盤上世界の少女は謎を求めた。
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2話 死者からのメッセージ②

 ……目を開ける。それと同時に酷い頭痛が襲ってきた。

 そこは先程まで私がいた場所ではなかった。

 まるで外国の観光名所になっていそうな古城、その大広間に私は倒れていた。ゆっくりと立ち上がり、自身の頭をさする。特に怪我はしていないが、この世界でそれを確認したところであまり意味はない。


「あら、やっと起きたの?」

「やっぱりいた。でも私、ここに来るつもりはなかったんだけど」


 階段に腰掛けていた少女がケラケラと笑う。

 小柄な少女の声は可愛らしいのに、まるで複数人の女性の声が混ざっているようで、やはり何度聞いても慣れることはない。


「あれ、覚えてないのかしら」

「いや……あぁ、そうだった。まさかとは思うけど、私ってあの時死んじゃったの?」


 徐々に意識を失う直前のことを思い出していく。

 私は樹里(じゅり)に届いたメールを読み、寝ていた彼女の代わりに一人で宮代相馬(みやしろそうま)の家を訪ねた。しかしノックをしても返事はなかった。

 不審に思い扉を開けると、室内から何かが飛んできた。そして私はこの世界に来てしまった。


「死んだらここに来ることなんてできないわよ。ここは死後の世界なんかじゃないのだから。あくまで貴女は気絶しただけ。まぁ無事は保証できないけど」

「それもそうだね……」

「ここに存在できるのは生きた人間と、そして魔女だけ。まぁ、例外もいないことはないのだけれど」


 ここは私たちの心の中に存在する、現実とは違うもう一つの世界。樹里はここを『遊戯世界』と呼んでいる。

 元々ここは樹里だけの居場所だった。そして遊戯世界の住人も一人だけだった。しかし、今ではここに行くことのできる人間は私と那由多(なゆた)を含めた三人。そして住人も二人になった。

 ただ、最初の住人は私たちがこの世界に初めて来る前に消えてしまった。


「そういえば、樹里ちゃんは来てないの?」

「えぇ、今夜は『那由多』の方に行ってるんじゃないかしら」


 遊戯世界にも種類のようなものがあるらしい。そしてその種類は住人の数だけ存在している。

 住人は『魔女』を名乗り、私たちの手助けをしたり、時には迷う人間を嘲笑ったりする。

 目の前にいる少女は『双貌(そうぼう)の魔女』、『双子塔連続殺人事件』の直前に現れた魔女だ。彼女は樹里との勝負に負け、それ以来自身の領域を捨ててこの主のいない古城に住み着いている。


 そして彼女の言った例外とは、樹里に似た何者かのことだ。

 あの女は、樹里が私に『日守琴子(ひもりことこ)』という女性についての事件を語っていた時に現れた。鬼を自称していたあの女は、樹里と同じ顔で樹里が絶対に言わないであろうことを何度も言った。それは私にとって到底許されない行為だった。

 あれ以来、あの女は一度も姿を現していない。


「ほんと、あの子のことになるとわかりやすいくらい顔に出るわね」


 魔女がニヤニヤしながら私の顔を見る。

 たしかに今の私の顔には、あの女への憎しみが浮かんでいるのだろう。


「そんなことより、早く起きた方がいいと思うのだけれど」

「……忘れてた。今の私ってめちゃくちゃ無防備だよね⁉」


 よくよく考えたら現実世界の私は今もアパートの二階に倒れているのだ。死んでいないとしても、謎の罠を宮代が仕掛けていた以上、私の身は今も危険に晒されている。

 もしかしたらもう私の身体は宮代に何かされているのかもしれない。そう思うだけで震えが止まらない。


「出口は私達が作ってあげるから」


 そう言って魔女は指を鳴らした。すると私の後ろに突然床に大きな穴ができた。

 ……なんだか前にも似たような経験をしたことがあるような。


「ここから降りれば起きることができるわ。多少気分が悪くなるだろうけど、ここに留まるよりはマシよね?」

「ちょ、ちょっと待って。心の準備が……」


 しかし魔女は私の言葉を一切聞かずに立ち上がると、困惑する私に近づいてきた。そして私の腹部に触る。

 怖いのに身体が動かない。

 魔女は口角を気持ち悪いほど釣り上げて笑った。完全に愚かな人間を見て愉しんでいる。


「大丈夫、一瞬で終わるから」


 魔女は最後にそう言って私の身体を押した。私の身体はあっさりと落ちていき、暗闇に包まれる。


「うわああああぁぁぁ⁉」


 一瞬で終わるなんて真っ赤な嘘だ。身体は真っ逆さまに落ち続け、私は胃液が逆流してくるのを必死に抑えていた。これで目覚めたら顔面が吐瀉物まみれなんて最悪にもほどがある。

 しばらくそれが続いた後、私の意識は突然脈略もなく、まるでテレビの電源を消したかのようにプツンと途切れた。



「……ッ! いったぁ……」


 遊戯世界から現実世界帰還した私はすぐに起き上がった。

 すると再び酷い頭痛に襲われた。恐る恐る自身の後頭部に触れると、小さなたんこぶのようなものができていた。


「な、何もされてないよね……?」


 まずは身体の確認。特に衣服の乱れもなく、下着も問題ない。

 そして次に時刻の確認だ。スマートフォンで現在時刻を確認すると、私がこのアパートに着いてから大体十分ほど経過していた。となると気絶していた時間もほぼ同じだろう。


「で、私が倒れていた原因はこれかな」


 よく見ると足元に水たまりができていた。恐らく扉を開けてよろけた時に、これで足を滑らせたのだろう。そして私は硬い床に後頭部を強打して、約十分間気絶していたのだ。

 なんとも間抜けだが、そのおかげで私は軽傷で生き延びることができたのだ。不幸中の幸いだったと納得するしかない。

 更に言えば意識を失っている間、宮代に何もされなかったというのも幸運だ。しかし、何故彼は倒れている私を放置していたのだろうか。


「とりあえず入らなきゃ」


 本来なら今すぐにでも樹里に連絡をするべきなのだろう。そして一旦帰宅して、改めて複数人でこのアパートに行くべきだ。それは頭の中で理解している。

 しかし、扉を開けた時何が飛んできたのか。証拠を処分される前に、今すぐにでもそれを確認しなくてはならない。もしかしたら中で宮代が待ち構えているかもしれない。それでも逃げるわけにはいかなかった。

 ゆっくりと一歩ずつ部屋の中に入る。狭い廊下の先には六畳ほどの部屋が広がっていた。

 そして部屋には、一般人の部屋にほぼ確実に存在しないであろうものが置かれていた。


「これって、クロスボウ?」


 ゲームでしか見たことがない。実物を見るのは初めてだ。

 クロスボウは引鉄を引くことで矢を発射する武器の一種だ。弓と銃の中間とも言えるだろう。


 引鉄には装置が取り付けられていて、クロスボウの向きを固定している。固定化されたクロスボウは倒れることなく真っすぐと玄関の方を向いている。

 更に装置からは糸が飛び出していた。糸は廊下の方へ続いていて、途中で切れていた。そしてドアノブにも糸が巻き付けられている。


「もしかして……さっきまでは装置とドアノブの糸が繋がっていて、扉を開けた瞬間に矢が発射される仕掛けになっていたのかな。それで私が開けたから……」


 扉が開いた瞬間、室内側のドアノブと装置を繋いでいる糸が切れ、クロスボウから矢が発射される。恐らく足を滑らせていなければ、私の身体は矢に貫かれていたことだろう。

 つまり犯人はこの扉を開けた人間を殺すつもりだったのだ。


「でも、誰が何のために」


 普通に考えれば、この罠を設置したのは部屋の主である宮代以外あり得ないだろう。

 しかし、その犯人は宮代ではない。私は装置の側に倒れている人物を見た。


「宮代さん……なんで」


 宮代が苦悶の表情で倒れていた。彼の手には注射器が握られている。


 ……そして、彼の顔には()()()()()()があった。

 私は宿毛の証言を思い出した。冷凍倉庫から出てきた人物には顔に酷い火傷跡があった。まさか、宮代が栄一(えいいち)を殺した犯人……?

 しかし、そう考えるとこの状況は明らかにおかしい。


「自殺じゃない」


 まだ証拠があるわけではない。

 しかし、自殺だとすれば何故宮代が本当なら樹里をここに呼んで、わざわざあんな回りくどい装置を使ってまで彼女を殺害しようとした理由がわからない。道連れにしようとしたのだとしても、他に相手がいるはずだ。

 だからこそ、彼は……。


 ──宮代相馬は何者かに殺された。そうとしか考えられない。

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