1話 孤独の始まり③
警備員 臼杵左児の証言
えぇ、昨晩倉庫の警備をしていた臼杵左児です。担当していたのは昨日の午後八時から、今日の深夜三時まででした。
はい。たしかに倉庫入口を直接ずっと見ていたわけではありません。
警備のため、定期的に敷地内を巡回していました。ですが監視カメラが各倉庫の入口をずっと録画していますから、当然事件の起きた冷凍倉庫も二十四時間常に監視されていますね。
貴女のおっしゃる通り、午後九時に一台トラックが積荷を倉庫に入れてから翌日三時までの間、他のトラックは一台も来ていません。
……いえ、私は倉庫内の確認はしていません。むやみやたらに倉庫の扉を開けていたら中の温度が上がってしまいますから。
ただトラックの運転手は何も言いませんでしたし、中には誰もいなかったはずですよ。そもそも九時より前の録画映像にも冷凍倉庫に入る怪しい人物は映っていません。入口から侵入するのは不可能だと思います。
被害者の方ですか? 赤崎栄一さん……。申し訳ありません、聞いたことのない名前ですね。
何故そんな方の遺体が冷凍倉庫内に現れたのか、私には見当もつきません。
もしかしたら被害者の方と倉庫の管理をしている方に接点があるのかもしれませんが、ただの従業員である私にはなんとも……。そういうのは上の人に訊いてみてはどうでしょうか。
え? 氷に磔と言われても……。人殺しなんてする人間の気持ちなんて、わかるはずがありませんよ。でもまぁ、そんなことをするということは何か意図がありそうですよね。
ただ殺すだけなら、冷凍倉庫を現場にする必要も、わざわざ氷に打ちつける必要もありませんからね。ただ刺し殺すなり絞め殺すなりすればいいだけです。
秘密の抜け道……? たしかに入口からの侵入は監視カメラのせいで不可能ですし、倉庫には窓も存在していませんが……、流石にそんなものがあったとは思えません。
侵入不可能だと思われていた建物には実は秘密の地下道があって、犯人はそこから中に侵入したなんてミステリーでは時々見かけますけど、現実じゃそんなこと無理ですよ。
……まぁ、そうですね。だとしたらどうやって入ったのかと言われると私にもわかりませんが……。そういうのは、警察の方のお仕事じゃないでしょうか。こういうのもなんですが、私の仕事じゃありませんし。
はい、私が話せるのはこれくらいですね。後は実際に犯人を見て通報をした右今くんにお願いします。
……え? いえ、構いませんが……。右今くんと交代した後はすぐに自宅へ帰って寝ました。
そのことを証明できる人物はいませんが、そもそも私にも倉庫にこっそりと侵入する方法はありません。何度でも言いますが、監視カメラがある以上入口からの侵入は不可能です。
警備員 宿毛右今の証言
さっきまで警察に散々喋ったのによぉ、また同じこと言わなきゃいけないのか? ったく……。
あぁ、間違いねぇよ。俺が通報した宿毛右今だ。
その時の状況? たしか午前六時くらいのことだ。退屈すぎて警備室で居眠りしそうになってた俺は、冷凍倉庫の扉が開くのを見たんだ。
そしたら中から黒いコートを着た男が出てきたんだ。
……顔? いや、流石に見てねぇな。フードも被っていて顔はよく見えなかったからな。
ただ……、顔には大きな火傷跡があったな。
アンタの言う通り、警備室から倉庫入口は近いと言っても十メートルくらいは離れている。それでもわかるくらい酷い火傷だったんだよ。
最初は追いかけてやろうと考えたんだが……、怖くなってやめた。だってもしあいつが刃物なんて持ってたら俺が敵うわけないだろ?
倉庫内に死体があったわけだし、結果的に俺の判断は間違っていなかったってわけだな。
それで不審者を追いかけるのを諦めた俺はすぐに通報して、駆けつけた警官が倉庫内でおっさんの死体を発見して今に至るってわけだな。
これ以上喋ることなんて何もねぇよ。俺はただの被害者だし早く解放してくれよ。
被害者について? あぁ、週刊誌で読んだことがあるな。
本州から離れた島にある屋敷で起きた殺人事件。それを解決した小さな探偵ってな。
おいおい睨むなよ。隣の嬢ちゃんもなんとか言ってくれよ。あんたたちって実は有名人なんだぜ?
『俯瞰島連続殺人事件』に『双子塔連続殺人事件』、そしてついこの間の『四条家連続殺人事件』だ。まるでミステリー小説の主人公みたいじゃねぇか。
何が言いたいかだって? ただのくだらない妄想でしかないけどよ、もしかしたら事件ってあんたたち探偵が起こしてるんじゃないかって。いや、別に真犯人は探偵っていうつまらないオチを求めてるわけじゃないぜ?
……だけど考えたことくらいはあるだろ? 日本という比較的平和な国だっていうのに、探偵の周りでだけは物騒な事件が何度も起きる。明らかに異常事態だ。なら、事件を起こしているのは犯人だけじゃなくて、探偵という存在もそれに加担しているんじゃないかってな。
そう怖い顔するなよ。ただの冗談じゃねぇか。
……秘密の抜け穴? なんだよそれ、そんなのがあったら本当にミステリー小説じゃねぇか。
流石にそんなのあるわけないだろ。たしかに入口は監視カメラが常に見ているとはいえ、犯人しか知らない秘密の通路なんて都合が良すぎる。そもそもなんで冷凍倉庫にそんなものがあるんだよ。
ならどうやってと言われてもなぁ……。もしかしたら最初からあそこにあったかもしれないぜ? 犯人もずっと隠れていたんだ。
巡回も倉庫内は見ないし、積荷を降ろす時は案外隅っこビクビクしてたのかもな。
中は寒いが、厚着をすれば半日くらいはなんとかなるだろ。
本当にこれ以上話すことなんて何もねぇよ。さっさと解放してくれ。
●
「はぁ……」
取り調べを終えて再び冷凍倉庫に入る。すると樹里が真っ白な息を吐いた。
宿毛との会話で彼女はかなり精神にダメージを受けてしまったようだ。
栄一の遺体は私たちが警備員二人と話している間に運ばれてしまった。倉庫の入口に警察官が数人立っているだけで、中には私たち以外の人間はいない。
「二人に同じ質問してたけど、まさか本当に秘密の出入り口があるなんて思ってないよね?」
「まぁ、可能性としては限りなく低いだろうな」
流石に真剣に考えていたわけではないようだ。
だが、そうなるとやはり犯人はどこから侵入したのかが問題になる。
「一つだけ考えられる可能性がある。まだ証拠はないが、その方法ならカメラに映らずに侵入することができる」
「その方法って?」
「まだただの妄想だ。もう少し調べてからお前にも話す」
そう言うと樹里は棚に置かれていた箱を漁り始めた。中には英語で書かれたパッケージの食品がいくつも入っている。恐らく海外から運ばれてきたものを、再びトラックに積んで国内のどこかに運ぶのだろう。
……しかし、事件と関係のありそうなものは何もない。二人で手分けして棚を調べていくが、何も見つからないまま全て調べ終えてしまった。
「……戻るか」
「そうだね」
樹里が呟き、私はそれに頷くことしかできなかった。
二重扉を抜けて外へ出ると、スマートフォンが鳴った。コートを脱ぎ、Tシャツの胸ポケットから取り出すと、画面には妹のような存在とも呼べる女性の名前が表示されていた。
「もしもし、ナユちゃん?」
『一二三さん! 今どこにいるんですか⁉ 今日は早く帰るって聞いてたのに帰ってこないから、ずっとメッセージ送ってたんですからね!』
「ご、ごめん! 全然気づかなかった……」
本当なら今日は宮森麗奈の調査をして、昼頃には帰る予定だった。しかし、もう既に辺りは暗くなっている。
帰ったら事情を説明しなくては。電話を切った私はコートを入口にいた警察官に渡し、急いでタクシーの手配をする。
こう何度もタクシーを使うと運賃も莫迦にならない。
「火傷跡の男……誰なんだ」
顔に火傷のある男が栄一を殺した。樹里から父親を奪った。
……しかし、何故犯人はわざわざ獄中にいた栄一を脱獄させ、殺害した後冷凍倉庫の中に遺棄したのだろう。しかも氷に磔なんて状態にして。
何の目的があってそんなことを……。