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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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9話 遊戯世界:魔女裁判

 棺桶の蓋を開け、外へ出る。何度も足を踏み入れている私の心の中、遊戯世界だ。


「焦る必要はない。我はどこにも逃げないぞ?」

「……うるさい。さっさと始めろ」


 黄金の髪をなびかせながら、『幸運の魔女』がクスクスと笑う。


「では早速……、哀れな子羊の魂をここに」


 魔女がチェスの駒を指で弾き、地面に落とす。すると駒は光を放ちながら形を変えていく。そして現れたのは見覚えのある姿。


加奈子(かなこ)……」

「そう、第一の事件の被害者。赤崎(あかさき)加奈子だ」


 勿論加奈子本人ではない。だが思わず動揺してしまう。


「さて、まずは第一の事件からだ」

「あ、あぁ……」


 ……落ち着け。真実を解き明かすんだ。加奈子、そして一二三(ひふみ)のためにも。

 私の原動力はただの好奇心かもしれない。それでも、これで誰かを救うことができるなら……。


「事件が起きたのは午後十一時。赤崎栄一(えいいち)が外でタバコを吸い、戻ってくると部屋の鍵がかかっていた」

「そして私たちは一度本館へ行き、加奈子を探した。だが見つからず部屋の前に戻った」

蔵之介(くらのすけ)の持って来たマスターキーを使い、扉を開くとベッドで赤崎加奈子が倒れていた……」


 加奈子の後ろに黒い人影が現れ、ナイフで彼女を突き刺す。そしてナイフが刺さったところで、時間が止まった。私たちは動くことができるが、人影と加奈子はピクリとも動かない。

 魔女はナイフに触れると、いやらしい笑みを浮かべながら、加奈子の苦悶の表情をこちらに見せた。


「背後からナイフで心臓を貫かれ、ほぼ即死と見ていいだろう。よってダイイングメッセージ等を残す余裕なんてなかったはずだ」

「あぁ、だからあのテーブルの上に書かれていた血の文字は、犯人からのメッセージだと推察したわけだしな」


 そもそも、ダイイングメッセージなんてあるわけがない。それが私の考えだ。


「犯人は栄一が外へ出たタイミングを見計らい、部屋に入った。そして加奈子が隙を見せた瞬間に隠し持っていたナイフで刺し殺した」

「その後、シャワーと着替えを済ませて脱出。その際にこの閉じた箱を生み出した。そうだな?」


 人影が加奈子の遺体を包み込むと、黒い立方体に姿を変えた。そしてプカプカと浮かびながら、魔女の掌の上へ移動する。閉じた箱、これが密室とでも言いたいのだろう。


「あぁ、だがやはりおかしい。栄一が外に出ていたのはせいぜい十分程度だろう?」


 無理矢理部屋に押し入って襲い掛かったのならともかく、ここまで慎重に行った以上、時間がかかったはずだ。十分でできたとは思えない。


「だからこそ、犯行が可能だったのはただ一人。それで時間の短さも納得できる」

「では、密室はどう説明する?」

「あの密室は一人だと作れない。つまり、あの密室は……」


 加奈子殺しは一人で行ったとしても、犯人が一人だったとは限らない。

 ……そうとしか考えられない。しかし、もしそうだとしたら……。


「はぁ……」

「……気づいたようだな」

「あぁ……。だが、三文芝居もいいところだ。これがもし本格ミステリーを名乗っていたら炎上必死だな」

「盤上世界がゲームなどではないと言っていたのは、貴様じゃないのか?」

「……それとこれとでは話が別だ」


 あの密室は一人では作れない。……犯人には共犯者がいたのだ。


総一郎(そういちろう)が共犯者だった場合、マスターキーを使えばそれで済む話だ。だが共犯者はマスターキーを使うことができなかった」


 恐らく最初はマスターキーを使って施錠をしようとした。だが、事務室には休憩中の総一郎がいてそれができなかった。だからこそ、やつらはくだらない方法で偽りの密室を作りだしたのだ。


「……早くこの茶番に気付けていたら、第二の事件は起きなかっただろうな」

「ククッ、そうだな……。だが、第一の事件だけでは、犯人を追い詰めることはできなかっただろう。やつは第二の事件で決定的なミスを犯した」

「決定的なミス……」

「そうだ、あの時あいつが言ったことを思い出せ……」


 第二の事件、シアタールームで蔵之介が殺された。

 殺されたのは深夜、そして第一の事件のような密室もなかった。よって殺害自体は誰にでも可能だ。

 だが、現場に落ちていた一二三のスマートフォンのせいで、彼女が疑われることになった。


 その時の発言を思い出す……。


『私が今朝五時くらいに、ここを通った時、扉は閉まっていました』


『でも、どうして深夜に蔵之介さんを殺した後、またここに来る必要があったんだろ……』


『今朝から無くなっていた一二三様のスマートフォンがここに落ちていました』


『あのボロボロのスマホが落ちてたのか?』


 ……そしてあることに気づいた。


「なんであいつは、あのことを知っていたんだ……?」

「……たどり着いたのだな」


 立方体が展開し、中身が露わになる。箱の中には、一輪の花が入っていた。……金色の薔薇。

 薔薇を優しそうにつまむと、それを私に手渡した。


「さぁ行け、人の子よ。(われ)は未来を見通す魔女、だが(わたし)はまだ見たことのない未来を求む」


 初めて見た表情……。魔女が、優しそうに微笑んだ。まるで我が子を見るように……。正確には孫だが。


「サチヱ……」

「おいおい、ここではその名で呼ぶなと言っただろ?」


 するとサチヱが私の身体を抱きかかえ、棺桶の中へ入れた。


「ま、まだ話したいことが……!」

「……もう閉幕の時間だ。罪を子孫に残してしまった、愚かなバケモノを許してくれ…なんて言うつもりはない。だけど敢えて言うのなら……、後は頼んだよ。樹里(じゅり)、一二三……」


 遊戯世界が音を立てて崩壊する。それでもサチヱはなんでもないようにしている。

 ……意識が落ちていく。もう、彼女とは会えないのだろうか。


 私はサチヱに抱いた恐怖が、魔女の姿を生み出した思っていた。だが、もしかしたら赤崎家の罪を無意識に具現化させていたのかもしれない。



 割れた窓を見る。もしこれを犯人がやったのなら……。私は逃げることができない。

 ……最悪、ここから飛び降りるべきか。


 窓に梯子(はしご)がかけられる。

 ……息を吞む。


「あれ……?」


 恐怖が困惑に変わった。


「樹里ちゃん、なんで窓から……?」

「はぁ…はぁ……。総一郎がカギをよこさなかったからな……」


 白い髪が風で揺れる。

 樹里の身体を掴み、部屋の中へ入れる。不自然なほどに、彼女の身体は軽かった。


「でも、無事で良かった……」

「私も一二三に何事もなくて安心した」


 そう言うと、樹里は顔を赤くしながら私から目を逸らした。そして机の上の写真を捉える。


「そうか、……一二三も真実にたどり着いたか」

「うん……、やっぱり犯人は……」


 私の予想を伝える。どうやったかはわからない。しかし、それは樹里が暴いていると信じていた。


「多分、それが正解だ」

「ほ、ほんとに……?」

「あぁ、ただ一つ聞かせてほしい」


 そして私のズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。


「えっ⁉ な、なに⁉」

「このスマートフォンの画面、これを知っているのは誰だ?」


 どういう意図で言っているのかわからない。困惑しながら、私はこの二日間のことを思い出す。できるだけスマートフォンの画面を他人に見せないようにしていた。だからこそ、これを知っているのは……。


「樹里ちゃんと総一郎さん…だけだと、思う」

「なら、あいつが犯人だ」


 ……まだ信じることができない。

 だが、あの人が犯人だとしたら動機については説明できる。そして樹里が言っている以上、トリックも解き明かしたのだろう。それでも、私には受け入れることのできない、残酷な真実だった。

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