ナユと探偵さん
「I県から転校してきた、しじょ…じゃなくて、赤崎那由多です。去年まではずっと入院してほとんど学校には通えていなかったので、皆さんには迷惑をかけるかもしれませんが、これからよろしくお願いします」
乾いた拍手が教室内に響きました。
一二三さんに言われた通り、挨拶は無難なもので済ませました。学校に通っていなかった理由も、入院していたからと嘘を吐きました。本当の理由を知っている担任も、特にそのことに言及してきたりはしません。
本当は別に学校なんて今更通う必要があるのか、疑問に思っていました。
一二三さんの力になりたい。彼女と一緒にいたい。そう考えていたのですが、一二三さんはそれをよしとはしませんでした。
『高校はナユちゃんが決めていいけど、せめて中学校は義務教育なんだし通った方がいいと思うよ。勿論何があっても絶対に行けなんて言うつもりはないけどね』
その言葉に従い、しばらくは通ってみることにしましたが、正直初日から退屈で飽きそうです。
授業で習うことは以前に本で読んだものばかり。今更新たに学ぶことなんてありません。
とはいえ、学校とは勉学だけが全てではありません。例えば友人と交流をするのだって、立派な学校の存在意義です。
……ただ、そちらも上手くいきませんでした。
フィクションでは大抵転校生という未知の存在は大抵質問攻めに遭うものです。しかし、中学二年生の春で人間関係もある程度完成してしまったクラス内に、ワタシの居場所はありませんでした。
そのため、休み時間中ずっとワタシは一二三さんからもらった本を読んで時間を潰していました。
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「その様子じゃ退屈だったようだな」
「なんで樹里さんがここにいるんですか。一人で帰れますから」
「茜に頼まれたんだよ」
放課後、部活の見学もせずにワタシはひっそりと校門を出て家に帰ろうとしました。すると、白髪の女性が塀に寄りかかりながら、缶コーヒーを飲んでいたのが目に入りました。
彼女の名前は赤崎樹里さん。名字は同じですが、ワタシと樹里さんは姉妹ではありません。
正直、ワタシは樹里さんのことが好きではありません。何故なら、彼女が一二三さんの恋人だからです。
「……むぅ」
「安心しろ。私もお前のことは嫌いだ」
樹里さんがワタシの心を見透かしたように言います。
「奇遇ですね。ナユも同じ気持ちです」
「そうか」
そっけない返事をすると、樹里さんは歩き始めました。ワタシは仕方なくついていくことにしました。
しばらくの間道を二人で歩きますが、会話は全くありません。
気まずさに耐えられなくなったワタシはなんとなく気になっていたことを訊ねることにしました。
「樹里さんは一二三さんのどこが好きなんですか?」
「はぁ⁉」
樹里さんの白い肌が一気に赤く染まります。それだけで彼女の想いが本物であることが理解できました。そのことが余計に、ワタシの心を苦しめます。
「なんでそんなことを知りたいんだ?」
「ナユはあの事件より前のお二人を知りませんから」
ワタシが一二三さんと出会ったのは数週間前。それより前の二人がどういう経緯で今の関係に至ったのかワタシにはわかりません。
「一二三は私の恩人なんだ」
「恩人?」
「私を地獄から救ってくれたのが一二三だ。あいつが去年の夏に、あの島に来ていなかったら……多分私は今頃死んでいただろうな」
「……重いなぁ」
つい本音が漏れてしまいました。
「それくらい自覚してるさ。でもお前も同じようなものだろ?」
「まぁ、否定はしませんが……」
ワタシもあの屋敷で一二三さんに救われました。それが四条那由多が一二三さんのことを好きになってしまった理由です。
樹里さんと同じで、一二三さんはワタシにとっても恩人なのです。
「茜さんや美鈴さんもそうですし、一二三さんってめんどくさい女性を惹きつけるオーラでも出てるんですかね?」
「……それ、美鈴には言うなよ? 絶対にもっとめんどくさいことになるぞ」
楠瀬美鈴さんは一二三さんの元カノというやつです。
まだ会ったことはなく、少し話に聞いたことがある程度なのですが、彼女も間違いなく私たちと同類です。
「だが、一つ言えるとすれば──」
「えぇ、私も同意見です」
樹里さんが何を言いたいのか、彼女の赤い瞳を見るだけでわかります。
そして、珍しく意見が一致しました。
ワタシは一度息を吸い、樹里さんの代弁をしました。
「──一番めんどくさい女の子は一二三さんですよね」
一二三さんが樹里さんに抱いている感情はめんどくさいとしか言いようがありません。
すると樹里さんは笑いながら「だな」と呟いた。
樹里さんの珍しい笑顔は少しあどけなくて、一瞬彼女が年下なことを忘れてしまいます。それを見たワタシは、一二三さんが樹里さんのことを好きになった理由が少しだけわかったような気がしました。
その間ももう一人の那由多は、嫉妬としか表現することのできない、呪いの言葉を何度も囁いていました。