続・知りたくない真実
「すみません。わざわざ買い物に付き合ってもらっちゃって」
「気にしなくていいよ。こうやって友達と買い物に出かけるってのも久しぶりだし」
ショートボブの女性が顔を赤らめながら紙袋から本日の戦利品を一冊取り出した。
彼女は平塚茜。私たちの生活の手助けしてくれるお手伝いさんのような存在だ。だが私にとっては年上の友人のような気分で彼女と接していた。
「茜さんって樹里ちゃんと同じで本が好きだよね」
「大学を卒業してからしばらくは買う余裕はなかったんですけど……、樹里さんと一二三さんのおかげで余裕ができましたし買えてなかったものを一気に買おうと思って」
私が両手に持っている紙袋にも茜の購入した漫画や小説が入っている。
彼女の買い物に付き合った結果、なんとなく彼女の好みの方向性は理解した。
「百合が好きなのは前から知ってたけど、BLも好きなんだね」
「まあ否定はしませんけど……」
茜の購入した漫画の中にはボーイズラブを題材にしたものも多数あった。私はこういったものをあまり読んだことがないので、専門のコーナーを我が物顔で歩き回る茜を遠巻きから眺めることしかできなかった。
「それにしても、一二三さんと二人で出かけるなんて、今でもちょっと変な気分です」
「そう? 別に仕事がなければ買い物くらいいつでも付き合うけど」
悲しいことに樹里の探偵事務所への依頼はほとんどない。
正直に言えば大学四年生になってからほとんど講義に出ていないことに焦りを覚え始めた。本当に私はどこにも就職せずに樹里の手伝いをし続けてもいいのか。しかし、後悔したところでもう遅い。
「そういうことじゃなくて……バレンタインの時の一件があるのに、よく私なんかと一緒にいれるなと思って」
「……言わないようにしてたのに」
バレンタインの前日、私は茜から想いを告げられた。
勿論樹里との関係もあり、彼女の想いを受け入れることはできなかった。
「でも、なんで私なの? 樹里ちゃんの方が茜さんのことを助けてるのに」
茜は度々事件に巻き込まれている。その度に解決するのは樹里だ。
なら私のことよりも樹里を好きになるのが自然な考え方な気がするのだが。
「勿論樹里さんのことも好きですよ。でもどちらかというと憧れに近い感情で。一二三さんは私の体質のことを一切気にせずに接してくれて、なんというか日常の象徴なんですよ」
「……それって私が樹里ちゃんみたいに謎を解くことは期待してないってこと?」
「そ、そういうわけじゃありませんよ⁉」
冗談のつもりだったのだが、茜が慌てふためいた様子で否定する。そんな彼女がまるで子供のように見えて、私は思わず吹き出してしまった。
「フフッ……ごめん、一応茜さんの方が年上なのに」
「いえ、私も変なこと聞いちゃってすみません。……フフッ」
その後もたわいない会話をしていると、気づけば茜の部屋の前にたどり着いてしまった。
「今日はありがとうございました」
「いいよ。また手伝いが必要な時はいつでも呼んで」
私の持っていた紙袋を茜に手渡す。
すると彼女は怪しげな笑みを浮かべると私に近づき、耳元で囁いた。
「実は私、まだ一二三さんのこと諦めてませんから」
そして茜は「では」と言って部屋の中に入ってしまった。
……茜さんってあんなに綺麗だったっけ。
残された私は急いでスマートフォンをトートバッグから取り出すとメッセージアプリを起動し、樹里にメッセージを送った。
『私はずっと樹里ちゃんのことを想ってるからね! これは裏切りじゃないからね!』
当然なんのことかわからなかった樹里からは大きなクエスチョンマークを浮かべる猫のスタンプが送られてきた。