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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
166/210

21話 エピローグ、或いはプロローグ:終わりの事件の始まり

 神楽坂門司(かぐらざかもんじ)は頭を悩ませていた。

 二○○八年三月、島での事件から十年以上経過している。あれから彼を取り巻く世界は大きく変化した。

 ホテルも島も既に手放している。元々道楽のためのものだ。彼にとってそこまで惜しいものではない。しかし、彼の経営していた会社も倒産し、結果彼は全てを失ってしまった。

 現在は田舎の工場に勤務している。そこで新たな妻を迎え、子供も産まれた。だが三年前、二人は事故で亡くなり、再び彼は一人きりになってしまった。


「夕飯できましたよ」


 制服姿の少女がそっとテーブルに夕食を置く。少女と門司に血の繋がりはない。彼女は門司が預かっている遠い親戚の娘だ。

 親戚と言っても門司は一度も会ったことがない。それでも自身の孤独を埋めるために、少女を預かっていた。


「もうそろそろかな」


 少女が呟いた。門司は不思議に思いつつも箸を握った。そして生姜焼きを見て、彼の頭の中で過去の光景がフラッシュバックした。


 ──前妻の無惨な姿。


 門司は事件が原因で肉が食べることができなくなったわけではない。しかしどうしても時々思い出してしまい、その度に彼はどうしようもない吐き気に襲われるのだった。

 そしてその次に彼が考えるのは復讐。島にいた刑事と占い師探偵への復讐の計画だ。

 獄中にいる犯人には手を出すことができない。なら八つ当たりだと理解していても門司は自身の感情を抑えるために刑事たちを恨んでいた。


 すると固定電話が鳴った。少女が受話器を取る。


「もしもし、……そうですか。わかりました。準備しておきます」

「電話の相手は誰だ? 知り合…い……え?」


 門司が少女に近づくと、少女は持っていた包丁を一切躊躇わずに彼の腹部に突き刺した。

 彼は真っ赤になった腹部に触れ、そして床に倒れた。少女がナイフを抜き、血が溢れ出る。


「London Bridge is falling down, falling down, falling down. London Bridge is falling down, My fair lady. ……バイバイ、お父さん」


 少女は歌った。まるで子供のように。

 そしてナイフの刃を門司の首に当てた。少女が力を籠めれば一瞬で彼の命は奪われることになるだろう。しかし、少女の動きが止まった。


「殺すなよ」


 少女の後ろに立っていた男がナイフを奪う。

 門司は薄れゆく意識の中で、いつの間にこの男は現れたのかと考えた。そして男の顔を見て彼は何故自分がこんな目に遭っているのか、その理由を理解してしまった。


「なんでですかぁ? いつもなら殺すまでが私の仕事じゃないですか」

「ちょっとね。これからは少しやり方を変えようと思って」


 男の手には巻割り用の斧が握られていた。


「少し離れていて。色々と飛び散るだろうから」


 そして男は斧を門司の頭に力強く振り下ろした。壁に彼の脳漿(のうしょう)がぶつかり、その部分を赤黒く染める。

 門司の身体は一度ビクンと大きく痙攣(けいれん)するともう二度と動かなくなった。


「これで終わり、じゃあ帰ろうか。えぇ…と……、今はなんて名乗ってたんだっけ」


 少女には本当の名前がなかった。現在名乗っているのは偽名、神楽坂門司の家に入り込むために付けられた名だ。


「神楽坂朔良(さくら)、でももうその名前も今日で終わりです」

「やっぱり不便だなぁ……。今後のためにも名前くらい付けておくべきか」


 男が微笑むと、少女は目を逸らした。

 少女にとってはこの男が世界の全てだった。だからこそ男のどんな命令にも従ってきた。神楽坂門司の親戚の娘と偽り、彼の家に住んでいたのも男の命令だ。


「そうだ。Jane(ジェーン) Doe(ドウ)ってのはどうかな」

「ジェーン……、海外の方の名前ですか?」

「そ、日本で言うところの名無しの権兵衛。名前の無い君たちにとってピッタリの名前だろう? まさしく『名前の無い悪意(ジェーン・ドウ)』ってやつだ」


 男はジェーンの頭を撫で、スーツのポケットから二つのプレートを取り出した。プレートはそれぞれ『A』と『Z』を模っている。それを男は門司の死体の上に置いた。


「これは宣戦布告、これに気づく人間が出てくるのはいつになるかな」

「宣戦布告?」

「私からすれば浦崎(うらざき)隼人(はやと)岸部(きしべ)……もしくは赤崎(あかさき)サチヱ辺りが気づいてくれるといいんだが」

「……二人はともかく、まあ貴方からしたらあの人に気づいてほしいでしょうね。それまで精々息子さんにはバレないようにしましょうね」


 男は笑いながら棚に入っていたものを床にぶちまけた。それは偽装工作のため、一見するとただの強盗の犯行に思わせるためのものだ。


無問題(もうまんたい)、だから君も手伝ってよ。でも指紋は残すなよ」

「わかりました」


 そしてジェーンも工作を手伝う。その表情はまるで恋をする乙女のようだった。

 男はそんな彼女のことを見て、心の中で嘲笑った。男にとって彼女はただの捨て駒にすぎない。その時が来れば簡単に切り捨てることのできる存在だ。

 実際ジェーンは十年後にとある事件の犯人として何人もの犠牲者を出し、最後には自ら命を絶つことになる。


「そう、全ては──」


 しかし、男にとっては自分自身すら捨て駒にすぎなかった。計画を完遂させるのは自分でなくても構わない。

 計画が終わった後、世界が少しでも良いものになっていれば、それ以外のことはどうでもいい。


「──全ては来るべき未来のために」

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