19話 嵐の孤島、幸運の魔女 その漆:二つの鍵②
「なら、なんで櫻子の死体はあの部屋にあったんだろうね」
「それは犯人が運んだとか……」
「無理ですよ。間違いなく二人はあの場所で殺害されたはずです」
浦崎が告げた残酷な真実に門司は頭を抱える。
しかし彼の言う通り、間違いなく櫻子はあの部屋にいたのだ。それが犯人によるものなのか本人の意思なのかは定かではない。
「あの……私、聞いたことがあります」
渡井が恐る恐る挙手しながら言った。
「──櫻子さんには夫の他に懇意にしている男性がいると」
「それって、やっぱり浮気ってこと⁉」
「そこまでは……、あまり深堀りしてはいけないことだと思ったので」
「まあ、あまり聞きたくはない話ですよね」
渡井と言葉を交わした回数は少ないが、彼女の性格はなんとなく理解している。彼女にとって知人が浮気をしているなんて話、聞きたくはないだろう。
「そんな……、じゃあ妻の浮気相手が紫藤だと……?」
「でも、紫藤さんは赤崎サチヱさんにぞっこんだったみたいだけど?」
「別にあの男が私に好意を持っているのと、神楽坂櫻子と関係を持っていたというのは両立する要素だよ」
「それは貴女の勝手な想像です。……岸部さん、やはりこの女に任せておくのは危険ですよ」
「あぁ、そうだな……」
証拠がない。そのせいでいくら話したところで妄想の余地を出ない。
赤崎サチヱを放任していればその妄想で犯人をでっち上げかねない。これ以上好きにさせるわけにはいかないのだが、私の本能が彼女の力を信じるべきだと訴えかけていた。
「この話は後だ。神楽坂門司、アンタにいくつか訊きたいことがある。部屋の鍵についてだ」
そしてサチヱは懐から鍵を二つ取りだした。どちらも現場にあったものだ。
彼女は無断で証拠品を盗んでいたのだ。その事実に私は冷や汗が止まらない。こんな失態が他の刑事たちに知られたらと思うと、思わず身体が震える。
「こっちのタグの付いていない鍵に見覚えはあるか?」
「えぇ、それはこのホテルのマスターキーです」
「スペアはあるのか?」
「ありません。その一つだけです……」
マスターキーは現場のテーブルの上に置かれていた。つまりマスターキーを使って施錠することは不可能ということだ。
「ならこっちの鍵、『三〇二号室』の鍵だ。これもマスターキー同様、スペアは存在しないのかい?」
「えぇ、ありません。各部屋の鍵とマスターキーは一つずつしか存在していません」
「なるほど、一つずつしかない鍵は現場の中にあったというわけだね」
ということは扉の施錠に鍵の使用自体が不可能ということになる。
……やはり脱出手段は窓から飛び降りるしかない。
「まさか、死を覚悟して犯人は飛び降りた……、なんてことはありませんよね?」
「たしかにそうすれば脱出はできますが、流石にそんなことをするわけが……」
浦崎に冷静な指摘をされてしまう。ならどこから犯人は脱出したのか。
もしかしたら、私は何か見落としをしているのかもしれない。
「もうこんな時間か、そろそろアンタたちも限界だろ? 今夜はここで寝た方がいいと思うよ。見張りは私と刑事さんたちでするからさ」
「まぁ……仕方ないか」
流石にサチヱだけに見張りをさせるわけにもいかない。
時計を見ると既に深夜の三時を回っていた。第一の事件が起きたのは午後七時、あれから六時間も活動している。流石に私の身体も限界だ。
堪えきれずに思わず大きく欠伸をしてしまう。
「岸部さんが先に仮眠を取ってください。その間は私が見張っていますので」
「……すまない。だが先に、人数分の毛布を持ってこよう。浦崎はここにいてくれ」
「僕も手伝います」
そして富田と共に一度部屋に戻ることにした。まずは富田の借りた『三〇三号室』からだ。
彼は鍵を挿し込むことなく扉を開けた。
「不用心だなぁ、鍵はかけておけよ」
「え? あぁ、ここを借りた後にすぐ西さんと樋野さんを捜すことになって、急いでいたので……」
そう言って苦笑いしたが、結局毛布を持って出ていく時も富田は鍵をかけなかった。たしかにもう使うことはなさそうだが、やはり不用心だ。
雨が弱まれば助けの船が来る。……今はそう信じるしかなかった。
★
「さて、犯人は誰か解った?」
「そうやって訊ねるってことは、あの二人が犯人じゃないってことですよね」
日が沈み、病室はもう真っ暗になっていた。それでも私は明かりを点けることなく、ずっと事件の話を聞いていた。
刑事たちは西と樋野が生きていて紫藤と櫻子を殺害したと考えている。しかし、琴子からの口ぶりからして他に犯人がいるはずだ。
「四人を殺したのは誰だと思う?」
「四人……。やはりあの二人は殺害されているんですね」
「うん。深夜三時の時点で死亡者は西天音、樋野針汰、紫藤寛人、神楽坂櫻子の四人。死んだフリなんてしていないよ」
つまり第一の事件で二人は死んでいた。そして遺体の消失も犯人によるトリックだ。
……本当にそうなのだろうか? 本当に誰にも見つかることなく、二人もの人間を地下室からどこかに運ぶことは可能なのだろうか。
「いや、可能かもしれない」
岸部行村刑事が仮眠を取った時点で死者は四名、これは事実だと考えていいはずだ。
しかし、真実を言っているとは限らない。琴子は私に勘違いさせることを目論んで、四人が死んでいると言ったのだ。
なら、犯人は彼らなのか。仮にそうだったとしても、第二の事件の密室が残ってしまう。だが、一人だけ可能な人物がいる。
第一の事件の被害者ではなく、あの人になら密室を作りだすことができるはずだ。
「……解ったみたいだね」
「はい、犯人はあの人です」




