18話 嵐の孤島、幸運の魔女 その陸:窓
西と樋野は死亡していた。そのことは岸部行村刑事が証言している。彼の発言に偽りはないはずだ。
しかし実際問題、二人の遺体は現場の地下室から忽然と姿を消していた。
「どうやったと思う?」
琴子がニヤニヤしながら訊ねてくる。
勿論これが全て彼女による作り話の可能性だって否定はできない。だがそんなことを考えだしてはキリがない。とにかく今はこの事件が二十年以上前に起きた実際のものとして考えるべきだ。
普通に考えれば選択肢の量はそこまで多いわけではない。そもそも事件後現場に犯人が侵入する時間は十分にあっただろう。
「取り調べが始まってから三人が現場に行くまで、現場を誰かが監視していたわけではないんですよね? なら誰も見ていない空白の時間に犯人が隠れて遺体を運ぶことは不可能じゃないはずです」
「理論上はね。でも考えてみてよ。現場は地下室、そして遺体は二つもあったんだよ? 地下室から二人の遺体を短時間で運び出すことなんてできるのかな。しかも誰にも見つからずに」
たしかに私の推理は机上の空論でしかない。しかし実際に現場を見ていないし、これはもう終わってしまった事件だ。ならどんなに頭を働かせたところで無駄でしかない。
「それはそうですけど。ならどうやって遺体を消したんですか? まさか、あの部屋には隠し通路があって犯人はそれを使って運びだしたなんてオチじゃないですよね」
すると琴子は不思議そうに首を傾げた。
「あれ、もう答えを知りたいの?」
「何が言いたいんですか」
「いやぁ、一二三ちゃんも樹里ちゃんみたいにもっと自分で答えを出してから正解を訊くものだと思っていたから」
「……終わったことに、興味はありません」
「そうなの? まあいいや。じゃあ続けるね」
★
「やはり、ホテル内にはどこにも……」
浦崎が息を切らしながら結論を出した。私は落胆しながらソファーに座った。
ホテルにいる全員と協力して消えた二人の遺体を探したのだが、何度一階から最上階までを往復しても見つからない。
何の成果も得られる広間に戻ってきたのは私と浦崎、サチヱ、神楽坂門司、そして谷木と渡井。ここにいない紫藤と富田と櫻子の三人はまだ西と樋野を捜しているのだろうか。
二人はどこへ行ったのか。ホテル内にいなければ残るは一か所、しかしそれだけはあり得ないはずだ。
「なら、外を捜すしかなさそうだな」
サチヱが窓から外を見ながら呟いた。大きな雷が近くに落ちて、轟音を鳴らす。
外は未だ大荒れの天気が続いている。人すらも簡単に飛ばされてしまいそうな勢いの風も吹いていた。窓はガタガタと音を立てながら揺れていて、今すぐに割れてしまってもおかしくはない状態だった。
「流石にこの状況だし、外には行かないと思うなぁ」
「谷木さんの言う通りですよ。たしかにホテル内にいないとなると外に行ったって考えたくなりますけど、もしかしたらただ隠れているだけかもしれませんよ」
「……何のために?」
仮に西と樋野の二人が実は生きていたとしたら。あの時二人の脈を止まっていたのは私が確認している。しかし、誤魔化す方法も存在している。
例えばゴムボールを使った手法だ。テニスボールほどのサイズの球を脇に挟むことで一時的に脈を止めることができる。
……だが、この方法では一つ疑問が残る。
すると扉が開き、広間にずぶ濡れの富田が入ってきた。
「お前外に行ってたのか⁉」
「すぐに拭くものを!」
渡井の言葉に神楽坂が急いでタオルを別室から持って来た。
私はタオルを一枚取り、強引の富田の髪を拭いた。
「何やってんだよ……。下手したらお前まで行方不明になるところだったんだぞ?」
「すみません、居ても立っても居られず……。でも、外にも二人はいませんでした。島内をくまなく見たわけじゃないので、絶対にいないとは言い切れませんが」
「……いや、二人はやっぱり外にはいないよ。ホテル内に隠れているんだ」
「なら、答えは一つしかないな」
サチヱが怪しげな笑みを浮かべる。
「えぇ、貴女の思う通り、これは内部犯ですよ。二人は生きていたんです」
二人が生きていれば、現場から脱出することは可能だっただろう。だが何故彼らがそんなことをする必要があったのかという疑問が残る。その答えはただ一つ。
西と樋野が神楽坂門司に脅迫状を送った犯人だとすれば、説明がついてしまう。
「西さんと…樋野さんが犯人……?」
「富田、信じたくないかもしれないが刑事さんと赤崎さんの言う通りだ。あの二人は今の隠れて私のことを殺そうとしているんだ」
「……とにかく、部屋に戻りましょう。明日の朝まで絶対に部屋から出ないように」
そして私たちは解散となった。しかしサチヱはまだ広間に残る様子だった。
そんな彼女を横目に私は広間を後にした。
部屋に戻ろうとする私たち宿泊客と一緒に富田も共に階段を上る。
「あれ、お前の部屋も上なのか?」
「えぇ、地下室は使えなくなってしまったので三階の部屋を借りたんです」
そう言って鍵を見せる。鍵には『三〇三』と書かれたタグがついていた。
「そういえば櫻子さんたちはどこに行ったんでしょうか……」
結局櫻子と紫藤は戻ってこなかった。今も二人のことを捜しているのだろうか。……早く彼女たちにも部屋に戻るように伝えなくては。
いや、もしかしたら先に部屋に戻っているかもしれない。
「紫藤さんの部屋は?」
「『三〇二号室』です。僕も行きます」
二階の自室をスルーして三階へ向かう。
「私は部屋に戻っていますね。岸部さんも早く帰ってきてくださいよ」
「……わかった」
浦崎と別れ、階段を上った。
そして『三〇二』のプレートが掛けられた扉をノックした。しかし反応はない。
「おい! そっちに櫻子はいないか⁉」
すると下の階から神楽坂が階段を上ってきた。どうやら彼の部屋に妻は戻っていなかったようだ。ならどこに行ってしまったのだろうか。
「紫藤さん、いますか?」
強烈な不安を覚えた私は再び扉を叩いた。
……やはり反応はない。
「……窓、開いてませんか?」
唐突に富田が呟いた。耳をすませると、たしかに中から大きな雨音が聞こえてくる。
「開けましょう。今すぐに!」
「刑事さん、どうかしたんですか?」
「中に誰もいないのに窓が開いてるなんてどう考えてもおかしいですよ。それに紫藤さんと櫻子さんの二人がどこにもいないのもおかしいです。……だから、蹴破ります!」
制止しようとする神楽坂を無視して、私は扉を力強く蹴った。
もし中に二人がいたのならそれでもいい。謝って扉代も弁償すればいい。私の貯蓄では致命傷になってしまいそうだが仕方ない。
……まあ、この中に二人がいれば別の問題が発生するのだが、そのことに関与するつもりはない。
数回目の蹴りで扉が開いた。神楽坂が頭を抱えるがそれを無視して室内へ入った。
「……やはり」
富田の言った通り窓は開いていて、暴風でカーテンが暴れていた。室内には雨が入り放題だ。
そして、紫藤と櫻子は部屋の中にいた。二人はベッドに倒れている。
「さ、櫻子……」
遅れて富田と神楽坂も入ってくる。その結果彼らも室内の惨状を目撃してしまった。
「あ、あぁ…ああぁぁぁ……」
「浦崎と…赤崎サチヱさんを呼びに行きましょう。これは忠告するのが遅れた私のミスです。……もっと早く従業員二人を警戒するように言っておけば、こんなことにはならなかったのに」
紫藤と櫻子はベッドの上で血を流していた。二人の胸には深々とナイフが刺さっている。
私は事件を阻止することができなかったのだ。そして犯人は今も私たちをどこかから監視していて、嘲笑っているのだ。