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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
159/210

16話 嵐の孤島、幸運の魔女 その死:縄

 チェーンカッターで侵入を拒んでいる鎖を切り、私とサチヱ、そして富田(とみた)は部屋の中に入った。浦崎(うらざき)には他の客たちとオーナー夫妻を任せていた。今は食堂に行ってもらっている。

 室内に倒れている二人に近づき、手を取って脈を確認する。しかし、手遅れだった。私は二人を見て首を横に振った。


「……二人とも、既に亡くなっています」

「そんな……」


 富田が膝から崩れ落ちる。同僚が同時に二人も死んだショックに打ちひしがれているのだろう。……無理もない。


「自殺、ですかね……」


 遺体の首には縄が括られている。そしてそのすぐそばには椅子が二つ倒れていた。更に天井の二ヵ所に縄が縛られていて、その先端がそれぞれ宙で振り子のように揺れている。首を吊った二人の体重に耐えきれずに千切れたのだろう。どう考えても自殺だ。

 サチヱが縄に触れようとするが私はそれを制止した。流石にこれ以上部外者を介入させるわけにもいかない。


「現場の保存が優先です。後は警察の仕事ですから」

「一つ確かめたいことがあってな」

「確かめたいこと?」


 するとサチヱは西(にし)に括られていた縄を解き、自身の首に巻き付けた。そして倒れている椅子を戻し、その上に乗った。


「何をしてるんですか?」

「……やはり長さが足りない」


 その言葉の意図に、私はすぐ気づいた。首に括られた縄と、天井に縛られた縄の先端同士がくっつかない。

 先端部分を持ったサチヱが背伸びしながら手を上げても、揺れる縄には届かなかった。サチヱと西の身長はほぼ同じだ。つまり西もほぼ同じ状況だったはずだ。


「西さんはこの椅子に乗って首を吊ることはできなかった……」

「あぁ、そうなれば答えは自ずと出てくる」


 私は思わず息を呑んだ。だとすればどうやって犯人は密室を作りだしたのかという疑問が残ってしまう。


「……自殺ではなく、他殺」



「では、まずは門司(もんじ)さんから」

「はい……」


 私たちは食堂に戻り、全員から話を聞くことになった。ここにいる全員が容疑者、謂わばこれは取調べだ。


「二人の死について、何か心当たりはありますか?」

「……いえ。西くんも樋野(ひの)くんも、どうして自ら命を絶ったのか見当もつきません」

「何故二人が自殺だと?」

「え? だ、だって二人の首にはロープが」

「そういえば、門司さんは室内の様子を見ていましたね」


 被害者二人が他殺であるということは現場を調べた私たち三人と浦崎しか知らない。このタイミングで告げたところで、余計な混乱しか招かないというサチヱの考えだ。

 現状はあくまで自殺と他殺、その両方の可能性があるという体で捜査を進めている。


「念のため伺いますが、チェーンは室内からでしか掛けることはできないんですか?」

「えっと……、そうですね。ですが何故そんな質問を?」

「念のためです」


 現場は完全な密室だったというわけではない。外からチェーンを掛けることができれば、不完全な密室は瓦解してしまう。

 しかし、門司の言葉が真実だとしたら、犯人は室内からチェーンを掛けたということになる。私たちが現場を調べた時、室内には私たちと被害者二人以外誰もいなかった。更に、遺体を発見する直前には全員が部屋の前に集まっていた。

 つまり、犯人はなんらかの方法で密室を脱出したことになる。その事実が私の頭を悩ませた。


「脅迫状を送ったのが被害者二人という可能性はありますか? 例えば二人から恨みを買うようなことを普段からしていたとか」

「そっ、そんなことしていません! それにホテルのことは妻に任せていると言ったじゃないですか」

「なっ……、そうやっていつも都合が悪くなったら私のせいですか⁉」


 激高した櫻子(さくらこ)が門司に掴みかかる。これなら櫻子も他の宿泊客たちと同じように、別室にいれておくべきだった。私はため息を吐き、サチヱの方を見た。

 サチヱは目を閉じながらタバコを吸っている。これで今日は五本目だ。


「貴女はどうお考えですか」

「……さあね。現場を詳しく調べるまでは何もわからないけど、どうせさせてくれないんだろ? なら私からは何も言うことはないよ。隠し通路の存在だって、本当は誰も死んでいない狂言の可能性だって、今の私には否定できないからね」


 私は彼女に協力を求めることを諦めた。そして、やはり警察のみの力で犯人を捕まえるべきだと決意した。

 今も犯人は誰かを殺そうと画策しているかもしれない。それを一刻も早く阻止するためには、手段は選んでいられない。だが、占い師という胡散臭い存在に頼るのは、警察としてのプライドが許さなかった。


「ま、取調べくらいなら手伝ってもいいがね。じゃあ次はお前から聞かせてもらおうかな」


 サチヱが富田のことを指差した。


「ぼ、僕ですか……?」

「あぁ、お前なら従業員同士でしか知らないようなことも知っているだろ?」


 たしかに、と私は納得した。

 仮に当事者ではなくても、門司と櫻子が従業員に何かしたという情報が彼らの間で共有されている可能性もある。


「最初に、このホテルに隠し部屋や隠し通路のようなものはある?」

「そんな話、聞いたこともありません」

「まあ、そりゃそっか。なら次、二人のことを恨んでいる人物は?」

「……わかりません。プライベートでも関りがあったわけではないので」

「ふむ……。現場の密室だが、特定の方法を使えば外からチェーンを掛けたりはできないのか? 例えば、普段あの部屋を使っていた従業員しか知らない欠陥とか」

「待ってください! 何故さっきから貴女たちはさも犯人がいるような口ぶりなんですか⁉ あれはどう見ても自殺じゃないですか!」


 門司が声を荒げる。

 するとサチヱは首を傾げた。


「何を言ってるんだ?」


 私は彼女の言葉を遮ろうとした。しかし、間に合わなかった。

 まだどちらか確定していない以上、結論付けてしまうのは早計だ。しかしサチヱはそんな私の考えを微塵もくみ取ろうとはしなかった。


「あれは自殺じゃない。……犯人はこの中にいるのだから」

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