14話 嵐の孤島、幸運の魔女 その弐:未来を観る探偵②
「……どうぞ」
「そうかい。じゃあ遠慮なく」
するとサチヱが懐から一枚の手紙を取り出した。
「先日、神楽坂門司の下にこれが届いた。……今日の夜、門司を殺すという内容の脅迫状がね」
「きょっ、脅迫状⁉」
当然サチヱを除いたこの場にいる全員が、脅迫状という単語にざわめいた。その様子を彼女は無表情で眺めている。
「要求は一億円の支払い。それを払いたくなかった彼の依頼で、私がここに来たというわけさ」
浦崎はため息を吐くと、門司の顔を見た。
「何故我々に相談しなかったんですか。しかもよりによってこんな占い師に」
「それは…その……」
門司がちらちらと櫻子の表情を窺う。その様子から何か隠しているのは明らかだった。
「こんな何もない島にあるホテル、客なんて誰も来ない。来たとしても神楽坂門司が招待した客、勿論招待客だし宿泊費なんて払われないから当然赤字。それに加えて本業の方も上手くいってないようで、最近ではかなり法律スレスレの悪行もしてるもんだからいろんなところから恨みを買っているだろうねぇ」
サチヱの容赦ない言葉に、門司は泣きそうになりながら櫻子とサチヱの顔を交互に見る。宿泊客全員と櫻子の表情は脅迫状が届いたくだらない原因に呆れ果てていた。
そして櫻子は今晩泊まる客たちのことをじっと睨んだ。この中に脅迫状を送った犯人がいる。彼女はそう考えているのだろう。
「もしかして、私たち疑われてる?」
「なっ……。しっ、失礼なッ!」
「ま、たしかにこんな状況になれば、犯人はこの中にいるだろうと疑うだろうね。でもおかしいとは思わないのかい? ここにいる客は全員アンタたちが招待したんだ。神楽坂門司に恨みを持っているような人間を、わざわざ招待したとは思えないのだけど」
「し、しかし……! それを隠して私たちに近づいた可能性だって」
「ないとは言い切れない。でも犯人は確実に来るという保障のない招待を期待して、脅迫状を用意、そして殺人の計画をしたとも思えない」
「なら誰が……」
雷が大きな音を鳴らす。それは今後の私たちの運命を暗示しているようだった。……つまりは大荒れの予感だ。
サチヱはくつくつと笑い、扉の近くに立つ従業員たちを指差した。
「内部犯とか? それなら確実に計画を実行することができる」
「なっ、私たちはそんなことしていません!」
先程までずっと無表情だった西も、サチヱの言葉に顔を歪めて反論した。富田も西に同意するように頷く。
正直私も内部犯の可能性は低いように思えた。しかし、だからといって宿泊客の中に犯人がいるとも思えない。
「刑事さんの思っている通り、ただのイタズラかもしれないけどね」
サチヱの深紅の瞳が唐突に私を捉えた。彼女の目を見ていると、なんだか私の中身が全て見通されているような気がして、恐怖を覚えてしまう。私は思わず目を逸らした。
「あと考えられるのは……神楽坂門司、アンタによる自作自演とかね」
「何故私がそんなことを⁉」
「たとえば脅迫を受けて周りから同情を求めて、今までの悪事を有耶無耶にするとか。もしくは脅迫を理由に周りから金をせびるつもりだったとか?」
歯に衣着せぬ言い方に、神楽坂の顔はみるみるうちに赤くなっていく。そして堪忍袋の緒が切れたのか、彼は拳をテーブルに叩きつけた。
その衝撃で一瞬食器が宙に浮かぶ。
「ひっ……」
突然の出来事に、谷木が小さく悲鳴を上げた。しかしサチヱは変わらぬ様子でタバコを灰皿に押し当てた。
「ぶ、無礼なッ! 不愉快だ! これで失礼させてもらう!」
そう叫んだ神楽坂は勢いよく立ち上がり、ドスドスという音を立てながら食堂から出ていった。少し遅れて櫻子と従業員たちも彼の後についていく。
「では、私も」
「そうですね……。また夕飯の時にでもサチヱさんとお話はできますし」
「私も失礼しまぁす……」
この場の空気に耐えられなかったのか宿泊客たちも続々と出ていき、食堂には私と浦崎、そしてこの空気を作りだした原因のサチヱしかいなくなった。
私も早く逃げ出したくて仕方がなかった。とても食事を続けるような気分ではない。
浦崎に合図を送ろうとすると、彼も同じ気持ちだったのか私の顔を見つめていた。
「それでは私たちもこれで」
「そうですね……」
そして私たちも逃げるように食堂を後にした。サチヱは無言で窓から外の景色を眺めていた。
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「はじめまして……厨房を担当している、樋野針汰です。すんません、人と話すのは苦手で」
「樋野さんは僕の先輩なんですよ」
樋野は自己紹介を終えると視線をまな板の上に戻した。話している最中もずっと手を動かし続けていた。まだ昼食が終わったばかりなのだが、夕食の下ごしらえをしているのだろう。
食堂から部屋に向かう途中、私は富田によって厨房に案内されていた。浦崎も誘われたのだが、彼は断って一人部屋に戻ってしまった。
「しかし、何故私をここに?」
顔見知りとはいえ私は部外者だ。こんなところに無関係の人間を入れていいはずがない。
すると厨房の扉が開いた。
「おつかれ……げっ」
入ってきたのは西だった。彼女の口にはタバコが銜えられている。
彼女は私の顔を見ると咄嗟に火の点いたままのタバコをゴミ箱に捨てた。
食堂にいた時はかなり礼儀正しかったのだが、どうやら彼女は裏表の激しいタイプなのかもしれない。
「も、申し訳ありません……」
「いや、別に大丈夫だよ。こっちこそ悪かったね」
私はゴミ箱からタバコを拾い、自分の持っていた携帯灰皿の中に入れた。
たしかに勤務中の彼女が、しかも食材を扱う場所で喫煙なんて褒められた話ではない。しかし、私も関係者以外立入禁止の場所にいるのだからお互い様だ。
「西天音さん。といっても西さんとはもう会っていましたね」
「あぁ……」
二人の従業員の紹介を終えた富田は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「岸部さんをここに呼んだのは、今の僕を見てもらいたかったからなんです。もうあの頃の僕じゃないってことを知ってほしくて」
「……そうだな。ほんと立派になったよ、お前は」
富田と私が出会ったのは何年も前のことだ。とてもではないが、良い出会いとは言えなかった。しかし今の彼の姿を見ると、決して悪いものでもなかったのではないかと、胸が熱くなる。
「ここに招待してくれるように櫻子さんに頼んだのは富田だろ? ……ありがとな」
「いえ、そんな感謝されるようなことなんて……」
「いいから素直に受け取れって。じゃあ俺…私は部屋に戻るよ。二日間よろしくな」
そして私は厨房を出て自分の部屋に向かった。
……これから起きることなんて露ほども知らずに。




