14話 嵐の孤島、幸運の魔女 その弐:未来を観る探偵①
昼食のために宿泊客一同が食堂に集まる。当然そこには私たち二人とサチヱ以外の客もいた。
若い女が一人、中年の男が一人、そして年老いた女が一人、それに私たちを加えた六人がこの島のホテルに泊まっていた。
そして中年の男はサチヱのことを興味深そうに見ていた。
黄金の髪、気だるげな眼、細い体躯は男の瞳にはテレビで見るよりも魅力的に映っているのだろう。私は実際に彼女が傲慢な態度で事件を捜査しているところを見ているので、正直赤崎サチヱという女性にはあまり魅力を感じていない。
「まさかこんなところであの有名な占い師と出会えるとは」
できるだけ好印象に見えるようになのか、男は微笑みながらサチヱに話しかけた。サチヱはつまらなそうにタバコを吸う。
私は男が下心を持ってサチヱに接しているのが、予知がなくても理解できた。
サチヱの夫が死んでからはこういった機会が増えたらしい。そのことを彼女は有名税だと割り切っている様子だ。
「あっ、失礼しました。私は紫藤寛人、本島では会社をいくつか経営してるんです」
紫藤は無視するサチヱに対してめげずに自己紹介をした。それを聞いたサチヱは「そうかい」とだけ呟くと、新たなタバコにマッチで火を点けた。
するとその隣に座っていた若い女が挙手した。
「じゃあ次は私ね! 谷木美野里、大学生だけど旅するのが好きでこの島に来たんだぁ」
若い女、谷木が明るく言った。彼女の服装は青いパーカーに短いスカートと、この中ではかなり浮いている。
その様子に私も浦崎もたじろいでいたが、浦崎の前に座っていた年老いた女は「はしたない」と不機嫌そうに言うと、ゆっくりと立ち上がった。女は谷木とは対照的に、落ち着いた色のドレスを身に纏っている。
「私は渡井征子。中学校の教師をしております」
「へぇ! 私も教師を目指してるんだけど、渡井さんは何の教科を担当してるの?」
「貴女には関係のないことです」
渡井は明らかに嫌味な言葉を谷木にぶつけたが、彼女は不思議そうに首を傾げるだけだった。
どうやら彼女は良い意味と悪い意味の両方で鈍感でマイペースな性格、浦崎と同じタイプだと私は感じた。
「私は岸部行村、こっちは同僚の浦崎隼人。一応私たちは刑事なんですが、今日は休みなので安心してください」
「……どうも。まあ今日は非番ですけど、何かトラブルが起きた時は協力しますよ」
三人はどうしても刑事という単語に動揺してしまう。まあ仕方ないだろう
私は困惑しながらも笑みを浮かべ、頭を掻いた。いつでも笑顔で相手と接するのが私の心構えだ。
「私も言った方がいいのか? 赤崎サチヱ、職業は占い師さね」
この場にいる全員が知っている情報を、サチヱは言葉にした。
全員の自己紹介が終わったタイミングで扉が開き、昼食を運ぶ従業員と、オーナーの神楽坂と彼の妻が食堂に入ってきた。
私は誰よりも真っ先に立ち上がり、従業員の一人に近づいて肩を叩いた。
「富田じゃないか! お前、本当にここで働いてたんだな!」
「……お知り合いですか?」
神楽坂が困惑した表情で富田と私の顔を交互に見る。富田は恥ずかしそうに頷いた。
「高校生の時に、少しお世話になって……」
「あぁ、貴方が例の刑事さんでしたか」
富田の言葉に納得したのは、神楽坂ではなく彼の妻だった。
「あれ、門司さんはご存知ないんですか? てっきり知っているものだと」
「……お恥ずかしい話、ホテルでのことはほとんど妻に任せていて」
サチヱがタバコを吸いながら「オーナーのくせに」と呟いたが、幸いその言葉が神楽坂に届くことはなかった。
するともう一人の従業員の女が私たちに頭を下げてお辞儀をした。
「はじめまして、岸部様。お噂はかねがね聞いております」
「なんだか恥ずかしいなぁ…えっと……」
「失礼いたしました。私は従業員の西です。本日はもう一人、コックの樋野がいます」
西はもう一度深々とお辞儀をすると、無表情のまま昼食の配膳を始めた。
「どうやら私の挨拶が最後のようですね。神楽坂門司の妻、神楽坂櫻子です。どうぞお見知りおきを」
そして神楽坂夫妻も席に座り、従業員が運んできた料理を口にした。
ここはホテルという形式を取っているが、ほとんどの客は自身の意思で客室を予約したのではなく、神楽坂夫妻からの招待という形で島を訪れる。私たちも夫妻からの招待がなかったら、富田と会う機会はなかっただろう。
「それで、サチヱさんは何故ここに呼ばれたんですか?」
ずっと気になっていたことをサチヱに訊ねた。
勿論むやみに他人の事情を詮索するのは品がないと理解している。しかし他の客たちの安心を得るためにも、これはどうしても必要な行為だった。
赤崎サチヱがただ神楽坂夫妻を占うためだけに来たのならそれでいい。しかし、サチヱには別の顔がある。
……彼女は探偵だ。
「……あぁ、今日この島に来たのは貴女の不安通り、依頼があったからさ」
「もしかして、占い師探偵の噂は本当だったの⁉」
「そうだよ、お嬢ちゃん。占いだけじゃ昔みたいには稼げないし、警察は協力してやっても一銭も払ってくれないからねぇ。たまに小遣い稼ぎに探偵の真似事をしているのさ」
その言葉に浦崎が顔を歪める。当然私もいい気分ではなかったが、わかりやすい反応をしている浦崎のおかげで冷静さを保てた。
私は一度咳払いをして、サチヱに再び訊ねた。
「それで、依頼というのは?」
「……言っていいのか?」
依頼者の許可を得なければ言うことのできない依頼。占い師という信用できない人間を頼っている時点で碌なものではないのだろうと、私は確信していた。
「どうぞ。あまり口外してほしくはなかったのですが、この状況では仕方ありません」
「そうかい。じゃあ遠慮なく」
するとサチヱが懐から一枚の手紙を取り出した。
「先日、神楽坂門司の下にこれが届いた。……今日の夜、門司を殺すという内容の脅迫状がね」