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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
155/210

13話 嵐の孤島、幸運の魔女 その壱:未来を観る女

「いやぁ、大変なことになりましたねぇ」


 ヨレヨレのコートを着ている私の同僚が呟いた。それは彼の隣でタバコを吸っている金髪の女性に向けられた言葉なのだが、女性は無視して口から紫煙を吐き出した。

 女性は窓の外の景色を見ている。本来なら美しい海を拝むことができるはずなのだが、今は大荒れの波と叩きつけられるような雨しか見えなかった。


「この景色は見えていなかったんですか?」


 私が女性に訊ねると、彼女は不機嫌そうな目でこちらを睨んだ。


「見えていたら来なかったさ」


 船内で私たちと出会ってから初めて、女性が言葉を口にした。私たちは顔を見合わせた。


「予知というものも意外と不便なんですねぇ」

「こんなもの、無い方がマシだよ。それで、刑事さん二人で島に何の用があるんだい?」

「あれ、警察の人間だと名乗っていないのですが……」

「私の記憶力をなめるんじゃないよ。現場で会った人間なら全員覚えているさ」


 女性はその力を買われて、度々事件の捜査に参加することがあった。私も彼女のことを何度か見たことがあった。

 きっとその時に彼女も私たちの顔を見て覚えていたのだ。


「そうでしたか。あぁ、挨拶が遅れましたね。私は岸部(きしべ)行村(ゆきむら)、そしてこっちが同僚の浦崎(うらざき)隼人(はやと)です。今日は非番でして、この島で働いている知り合いに会いに来たんです」

「ご丁寧にどうも。私も自己紹介をした方がいいかい?」

「いえ、貴女の御活躍は私たちも耳にしていますので」

「占い師の力を借りないと犯人を捕まえられないなんて、警察も衰えたもんですよねぇ」


 浦崎が吐き捨てるように言った。しかし女性は彼の言葉を意にも止めず、眉一つ動かさない。

 そのことが癪に障ったのか、浦崎は舌打ちをした。


「おいおい、そんなに失礼なことを言う必要ないだろ」

「事実だから仕方ないですよ。このまま二十世紀が終わったら、占い師どころか子供の力まで借り出すんじゃないですかねぇ?」

「そうかもしれないな」


 女性が淡々と答える。


「……見えてるんですか?」

「さあね。神様っていうのは性格がひねくれているから、私が見たい場面は頑なに見せようとしないくせに、見たくない場面は生き生きと見せてくるんだ」


 私たちは再び顔を見合わせた。彼女が何を言っているのか、欠片も理解できない。

 私も浦崎も、占いなんてものを一切信じていない。あんなものを信じるのは騙されやすい人間だけだとさえ思っている。

 しかしそれを私は顔には出さない。その方が仕事上の関係を円滑に進めることができる。

 逆に浦崎は露骨に女性への不信感を露わにしていた。


「お待たせいたしました。皆様のお部屋の準備が整いました」


 険悪な雰囲気の中、恰幅のいい男が階段から降りてきた。彼の名前は神楽坂(かぐらざか)門司(もんじ)、私たちが訪れた島に建つホテルのオーナー、そして私の知り合いの雇い主だ。

 私は本来ならホテルで働く知り合いに会うついでに、久々の休暇を煩わしい世間から解放されたこの場所で羽を休めるつもりだった。しかし、島の上はどす黒い雲で覆われていた。


「まさか季節外れの台風が来るなんて、行村さんたちも運が悪いですね」

「まぁ、これはこれでゆっくりできそうですよ。何せ島に閉じ込められちゃったんですからね」

「それより、明後日の迎えの船は本当に来れるんですかね?」


 浦崎は波の様子を見ながら帰りのことを考えていた。たしかにこの雨が続けば船なんてとても出せる状況ではないだろう。

 そして彼は女性の方を見てニヤリと笑った。


「こんな時こそ、貴女のお力を見せてもらいたいんですがねぇ」

「言っただろ。私は自由に未来を見ているわけじゃないって」

「……そんなこと言って、実は最初から何も見えてないだけじゃないですか?」


 少しくらい本音を隠すことができないのだろうか。私はそろそろ女性が怒るのではないかと不安に思いながら彼女を見た。

 女性は浦崎の問いに一度ため息を吐くと、彼のことを無視して階段を上り始めた。


「あっ、ちょっと!」

赤崎(あかさき)様のお部屋は──」

「二〇四でしょ? それくらいなら見えたから」


 当然のように言うと、神楽坂が持つ鍵を受け取った。鍵についていたタグに刻まれている番号は『二〇四』、女性の言葉通りだった。


 女性は立ち止まり、勝ち誇ったような表情で浦崎のことを見た。

 黄金色の髪が揺れる。そして高らかに宣言した。


「ね、これでわかったでしょ。この赤崎サチヱの目には未来が見えているって」



「……え?」


 まさかの名前が出てきて、私は困惑していた。


「赤崎サチヱ、そういえば一二三(ひふみ)ちゃんのおばあちゃんだったね」

「……この事件に祖母が関わっているんですか?」

「勿論」


 サチヱは私と樹里(じゅり)の祖母だ。そして彼女の死がきっかけで、私たちは出会うことになった。

 祖母に加えてもう一人、名前を知っている人物が話に出てきた。


「それと、浦崎刑事も」

「この事件が起きたのは一九九〇年前半、まだ彼が新人だった頃だね。そして同僚の岸部行村は、一二三ちゃんも知ってる刑事さんの父親だよ」

「岸部政宗(まさむね)の……」


 たしかに興味深い話ではあるのだが、何故琴子(ことこ)がこの事件のことを私に話すのかがわからない。

 私は『AZ事件』の犯人を知っている。しかし今出てきた人物たち、そしてこれから出てくる人物たちの中にもその犯人は出てこない。


「もし、あの事件に犯人が二人いたとしたら?」

「……え?」

「私はもう一人の犯人を知っている。でも答えだけ教えられても納得いかないでしょ? だから一二三ちゃんには解にたどり着くまでの途中式を教えてほしくてね。これはその前報酬としての、もう一人の犯人のヒントなんだ」

「……続きを聞かせて」


 私と樹里をあんな目に遭わせた犯人がもう一人いる。そう考えただけで胸の中で黒い感情が燃え上がった。

 ……あの島で自身の母親の遺体を見つけた時と同じ感情、復讐心だ。

 ただその感情をぶつける相手はもうどこにもいない。こんな感情を抱いても、虚しいだけだ。


「それじゃあ、続けるね」


 再び琴子が語り始めた。

 窓から見える空は、まるで燃えているかのように真っ赤だった。

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