12話 色の無い世界 その四:はじめまして。
後日、私は近衛刑事に呼び出されて、署の取調室にいた。
当然捕まったというわけではないが、刑事の表情はいつもにも増して険しい。
「カツ丼は出ないんですか?」
「出ねぇよ。それより、まずは言うことがあるだろ」
「……すみません、勝手に現場を荒らしちゃって」
私は警察が許可しなければ捜査することができない。そういう取り決めで探偵として活動をしていた。
それを先日の事件で破ってしまったのだ。
「まぁ、最終的に犯人が捕まったから今回は大目に見るが、流石に同じことをまたやられたら俺も庇いきれないからな?」
「はぁい……」
「……やけに今日は素直だな。なんか調子狂うなぁ」
それもそのはず、今の私はすっかり自信を失っていた。
本当ならすぐに解くことのできる事件。それを私は解決するのに一日もかかってしまったのだ。自身の無能さが嫌になる。
「あの探偵のことか?」
「まぁ、はい」
近衛刑事と彼女はほとんど面識がない。それでも噂くらいは聞いているはずだ。
勿論、それが良いものとは限らないのだが。
「樹里ちゃんならあんな事件、すぐに解けたはずなのに」
「目の前で偽装工作をされたらそりゃ普通はな」
「うっ…そうですよね。これは私のミスです」
能登春馬をただの被害者だと思い込んでいた私の責任は重い。勝手に恋人を失った彼の姿を、赤崎樹里がいなくなった今の四条一二三と重ねていた。
その滑稽さが、ただでさえ私を苦しめていた喪失感を加速させる。
「それで、わざわざお説教をするために私をここに呼んだんですか?」
「いや、本題はここからだ。昨日連絡があって、とある人物がお前に会いたいと言っていてな」
「私に会いたい……? 誰ですか?」
近衛刑事を使ってまで私を呼ぶ人物、まったくと言っていいほど心当たりがない。
「お前も覚えているだろ。『AZ事件』の直後、目を覚ましたと思ったら突然病院から姿を消した女のこと」
「えぇ、でもどこにいるかわからなかったはずじゃ」
「九州の病院だとよ。仲間がいたのか自力で交通機関を使ったのかはまだわからないが、まさか関東から何百キロも離れた場所にいたとはな」
「……彼女が何故今更?」
しかも彼女と私に面識はない。彼女が眠っていた時に勝手に会って挨拶をした程度だ。
彼女が、私のことを認識しているはずがないのだ。
「依頼だ」
「は?」
「対価として赤崎樹里に関する情報を全て教えるから、代わりに教えてほしいことがあるそうだ。俺が聞いたのはそれくらいだ」
「わかりました。その依頼、お引き受けします」
彼女が何を知りたいのかはわからない。だが、報酬として樹里についての情報を得ることができるのなら、断るという選択はない。
しかし、一つ問題があるとすれば……。
「近衛刑事、一つお願いしていいですか?」
「なんだ?」
「……交通費、借りてもいいですか?」
「はぁ⁉」
前回の依頼が依頼者の能登が犯人という救いようのない事実のせいで報酬をもらえず、現在の私はほぼ無一文ということだ。
●
駅から出て病院へ向かう。交通費は半分自腹、もう半分は近衛刑事のポケットマネーだ。勿論後で返すという約束でそれを受け取っている。
刑事の気持ちに感謝しながら、私は彼から借りたお金でアイスを食べていた。
ゴミ箱に木の棒を捨てて、目の前の建物を眺めた。
「ここかな……?」
やけに寂れている病院を見て、私は呟いた。
ここに彼女が……。そう思うと緊張で吐き気がしてきた。
何故今になって。そして何故私に。疑問は尽きないが、ここで引き返したら交通費が無駄になってしまう。
私は覚悟を決めて病院内に足を踏み入れた。
「あの、先日連絡をした一二三なんですけど」
受付で作業をしている看護師に声をかけると、不愛想な顔で「二階の奥です」とだけ言ってまた作業を始めた。
「ありがとうございます……」
階段を上り二階へ上がるが人の気配が一切しない。入院患者どころか、受付の看護師以外の関係者の姿すらなかった。
奥の病室へ行く途中、開いている扉から他の病室の中を覗くが、ベッドで横になっている人間は誰もいない。
強烈な違和感を覚えながら、私は廊下の一番奥にある唯一閉ざされた扉を見た。扉の隣には名前が書かれたプレートがかけられている。
「ここに…あの人が……」
一度息を深く吸い、私は扉を開いた。
ベッドに横たわっていた女性が起き上がり私の方を見る。長い黒髪が揺れた。
「はじめまして。いや、久しぶりって言うべきかな。一二三ちゃんは私と会うのは二度目だよね」
「そうですね。でもまあ、はじめまして。……日守琴子さん」
樹里が過去に経験した事件。その犯人が彼女、樹里の当時唯一の友人だった日守琴子だ。
その動機は樹里に謎を解かせるため。樹里の魂を渇きから救うためという理解できないものだった。それがきっかけで、樹里の孤独は深まってしまった。
「何故貴女が私に?」
「あれ、刑事さんから聞かなかったの? 私は一二三ちゃんに依頼があって呼んだの。ほら、今でも私は自由に動けないから。だから来てもらったの」
「それは聞いています。でもなんで今更私に?」
琴子と私は面識がない。だからこそ、彼女がリスクを冒してまで私に依頼をする理由がわからないのだ。
「『AZ事件』。樹里ちゃんと一二三ちゃんはその事件の中心にいたんだよね?」
「そうですね。それが何か?」
「その犯人と私、実は会ったことがあるんだ」
「え?」
「寝てる間も実はうっすらだけど意識があってね、だから一二三ちゃんのことも覚えてたんだ。それで犯人も来て、私に自慢げに話してたんだよね。樹里ちゃんのことも後で教えてあげるけど、これは前報酬」
そして琴子は語り始めた。
……ある意味彼女の語った事件こそが、私と樹里の最後の事件、『AZ事件』の始まりだったのかもしれない。




