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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
153/210

11話 色の無い世界 その惨:退屈

 調査を切り上げて家に帰ってからも、頭ではずっと事件のことを考えていた。

 那由多(なゆた)の録音した音声を聞きながら、現場の状況を思い浮かべる。


「部屋は密室。扉には鍵がかけられていて、窓も施錠されていた。細工をしたような形跡もない」

『肯定するわ。犯人は二人を殺害した後なんらかの方法で毒物を持って脱出したわけだけど、少なくとも外から何かを施したわけではないわね』


 深夜二時、一人きりのリビングに私ではない女性の声が聞こえる。私はそれを無視して、那由多のスマートフォンから流れる音に集中した。

 そして自身にスマートフォンに届いたメッセージを読む。

 差出人は近衛(このえ)刑事。当然内容は事件に関するものだ。


「現場で毒物は発見されていない。アパートの防犯カメラに怪しい人物は映っていない……私たち以外は」

『となると、自殺の線もありそうね』

「……心中」


 認めたくないのだが、その可能性が高いのも事実だ。

 毒物は見つかっていない。しかし、それがイコール他殺というわけではない。私は結局古間千代の部屋を十分に調べることができずに退散してしまった。つまり彼女の部屋に錠剤やカプセルで毒物があったとしてもおかしくはないのだが……、近衛刑事が自殺という結論に至らずに私へ連絡してきたということは、やはり何も見つからなかったのだろう。


「なら、どうやって……」


 自分のスマートフォンの電源を切り、再び那由多のものへ視線を戻す。丁度映像は天野律子(あまのりつこ)という女性から話を聞き始めるところだった。


『彼氏の愚痴とか、ネットで買った化粧品の話とか』


 どの話にも共通しているのが、古間(ふるま)能登(のと)の仲はそこまで良くなかったということだ。

 古間は恋人の愚痴を何人にもこぼしていた。そして近々別れるという発言もしている。


『この前もネットで買った限定のリップクリームが不良品だけど返品できないから早く使い切りたいって愚痴ってて』

「……え?」


 強烈な違和感。

 那由多は『なるほどぉ』と聞き流しているのだが、私はその発言に重大なヒントが隠されているような気がした。


 一度映像を停止し、自身のスマートフォンに文字を打ち込み検索する。


『僕も同じものを持っています』

『可愛いデザインですね。季節限定デザインか何かですか?』

『え? あぁ…多分そうです。あんまり気にしないで買ったので』


 そしてサイトに表示された画像を見て、私はため息を吐いた。

 限定品は既に販売終了しているのだが、そのデザインと値段だけならまだ見ることができる。価格は普通のものの倍以上、気軽に買うにしては高すぎる。


「……私はバカだ」


 真相に気づくのが遅すぎた。

 こんな事件、彼女ならとっくに解決していた。自身への罵倒が止まらない。


「勝手に重ねて、同情して……」


 勿論もっと早く気づいていたところで、二人が死んでいた事実は変わらない。それでも、そのことを言い訳に自身の無能さから目を逸らすことはしたくなかった。

 だが、証拠は既に処分されている可能性が高い。


「ナユちゃんに感謝しないと。ほんと性格悪いけど教えておいてよかった」


 那由多のスマートフォンには、あの映像が残っている。つまり証拠はまだ完全に消えたわけではない。

 あれがなかったらと思うとぞっとしてしまう。


「……犯人は、あの人だ」



「お話ってなんですか?」


 次の日の朝、私はあの人を呼び出した。当然困惑した表情で私の顔を見る。

 周りには私たち以外の一般人はいない。


「犯人が解りました」

「ほ、本当ですか⁉」


 私は一度息を吸い、指差した。


「結論から先に申し上げます。犯人は貴方ですね、能登春馬(はるま)さん」

「……はは、変なことを言いますね」


 当然能登はとぼけた。

 だが、私はどうやって二人を殺害したのか理解している。現場で捕まえることができれば、こんな面倒なことをしなくて済んだのに。


「えぇ、貴方は北城(きたしろ)の部屋を知らなかったはずです。そもそも、北城まで死んだのは予想外だったでしょうね」

「な、ならどうやって僕が⁉」

「リップクリームです。あれに毒を塗って、千代(ちよ)さんに渡したんです」


 こうすれば、犯人は北城の居場所を知らずとも殺害することが可能だ。だが、当然部屋には証拠であるリップクリームが残っている。だからこそ、私たちを利用したのだ。


 しかし、能登にとって想定外だったのが北城の死だ。

 毒を塗ったリップクリームを唇に塗ることで、古間を殺害する。これが能登の本来の計画だ。

 恐らく古間と北城がキス等の行為をしたことで、彼も毒を飲んでしまったのだろう。


「私たちに依頼して、古間千代の遺体を発見させる。それが、貴方の目的だったんですよね」

「なんのために⁉」

「北城尚人(なおと)に罪を擦り付けるためです。しかし、北城も亡くなっていた。だからこそ貴方は計画の変更をせざるを得ない状況になった。このままだと疑いの目が向けられてしまいますからね」


『能登さん⁉ なんでここに!』

『どうして……どうしてだよッ!』


──悲痛な声を出しながら、能登が古間の遺体に駆け寄る。彼は行方不明になった古間千代と再会することを求めていた。しかし、こんな結末は望んでいなかっただろう。


 ……違う。彼はこうなるのを望んでいたのだ。だからずっと私たちを監視して、現場に侵入した。

 そして、遺体にしがみつくフリをしてポケットの中でリップクリームの入れ替えを行った。


「……言いがかりです。証拠はあるんですか?」

「証拠はこれです」


 私は能登にスマートフォンの画面を見せた。

 画面には昨晩見たサイトが表示されている。


「これは貴方が持っていたリップクリームです。貴方は本当にこれを買ったんですよね?」

「え、えぇ……」

「どこで?」

「それは、当然コンビニで。普通に考えてそれ以外にありませんよね?」

「そうですか。……貴方の負けです」


 やはり、能登が犯人だ。

 なぜなら、これをコンビニで買うことは不可能だから。


「これはネット限定品のもので、店舗で買うことはできません。ちなみに言い逃れはできませんよ。全部録音してますから」

「……まだだ」

「何か反論があるならどうぞ」

「まだ逃げられる。お前を殺せば、僕は捕まらない!」


 能登が懐からナイフを取り出した。

 ……最後の悪あがきだ。だが最悪の一手としか言いようがない。

 私は落胆しながら、()()()()()人物に目配せをした。


「そこまでだ、能登春馬。詳しい話は署で聞かせてもらうぞ」

「は……?」


 後ろで私たちの話をずっと聞いていた近衛刑事が能登の肩を叩く。そして合図をすると、数台のパトカーがこちらに駆けつけてきた。


「……これで閉幕。退屈な事件でした」


 本当に退屈で、私という人間の凡庸さが解る事件だった。

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