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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
152/210

10話 色の無い世界 その弐:可哀想な人

 姉の一二三(ひふみ)さんと別れ、ワタシは一人大学の方へ戻っていました。

 被害者の二人について、もっと詳しく知るためです。それにここで証言を集めれば、一二三さんの力になれるに違いありません。


『そう言って、ただ単に一二三さんと一緒にいたくなかっただけでは?』


 もう一人の『那由多(わたし)』がワタシの脳内で怪しく囁きましたが、ワタシはそれを無視します。それに感情的になって騒いでしまえば、周りからはただ一人で意味不明な言葉を叫び続ける変人に見えるでしょう。

 なら無視した方がマシなのです。


『ナユには解りますよ。ワタシが何を思っているか。ケケケケ、今も赤崎(あかさき)樹里(じゅり)のことを思い続けている一二三さんに内心イラついているんですよね?』


 ……たとえ図星だとしても、絶対に反応してはいけません。

 赤崎樹里がいた頃の一二三さんと今の一二三さん。前者の頃の彼女と過ごしたのはほんの僅かな期間でしたが、やはりあの頃の方がワタシは好きでした。


「あ、すみません。ちょっといいですか?」


 『那由多』を無視して、ワタシは暇そうにスマートフォンをいじりながらベンチに座っている学生に声をかけました。


「……何? ここの学生じゃないよね」

「はい、少しお聞きしたいことがあって。古間千代(ふるまちよ)さんって方、御存知ですか?」

「まぁ、一応知り合いだけど」


 一人目から幸先のいい結果です。ワタシは彼女の隣に座りました。


「あっ、ナユは四条(しじょう)那由多(なゆた)って言います。貴女は?」

「……(とどろき)優佳(ゆうか)、それで千代に何かあったの」

「殺されました」

「はぁ⁉」


 轟さんが声を荒げて立ち上がり、ワタシのことを睨みました。恐らくワタシの言葉を悪質な冗談だと思っているのでしょう。


「言っておきますが、嘘じゃありませんよ。調べればすぐにわかることですから」

「そ、そんなわけ……」


 そう言って彼女はスマートフォンを操作しました。そしてメッセージアプリにもそのことが書かれていたのか、彼女の表情がドンドン青ざめていきます。


「ナユたちはその事件について調べています」

「そんなの、警察に任せれば……」

「そうかもしれませんね。でも、うちの探偵がそれを望んでいないので」


 赤崎樹里はきっと警察に任せるよりも自分が動いた方が早いと自信を持っていたのでしょう。それに加え謎への好奇心から、事件には積極的に首を突っ込んでいました。

 だけど姉は……一二三さんは違います。

 苦しみながら、なんとか理由を探して謎を解いているのです。


 ワタシにはそれが理解できません。今回の件も警察に任せるべきだと、ワタシは今でも思っています。

 彼女にとって、警察に託すことは逃げることと同義だと考えているのでしょう。逃げてしまったら、もう樹里には顔向けできない。そんな自己満足のような欲求と日々戦っているのです。

 そこにはワタシが好きだった二年前の彼女はいません。

 ……だから、余計に今の一二三さんを見ていると胸が苦しくなるのです。


「早速ですが、古間千代さんについてお聞きしますね。何か彼女が殺される理由について心当たりはありますか?」

「う、うん……。たしかに北城(きたしろ)との噂はあったけど、特段誰かから恨まれているみたいな話は聞いたことがないけど」

「なら、犯人は北城尚人(なおと)さんに恨みのある人物だと?」

「多分……」


 轟さんが自信なさげな様子で頷きました。

 しかし困りました。噂が真実だとすれば、北城に恨みを持つ人物は山ほどいるでしょう。


「そうだ」


 ワタシは一つ良いことを思いつきました。

 北城についてはきっと警察が調べているはずです。なら、ワタシがわざわざ調べる必要なんてありません。

 だからこそ、ワタシは別の人物の名前を口にしました。


「古間さんは恋人の能登春馬(のとはるま)さんについて何か言ってましたか?」

「あぁ、あの可哀想な人」

「やはり古間さんを知る人たちの中では能登さんは可哀想な人なんですね」


 同じような言葉を数時間前にも聞きました。


「そりゃまあ、北城から無理矢理とはいえ浮気されてるんだしね。それにいつ捨てられてもおかしくなかったわけだし」

「捨てられる? それは初耳ですね」

「春馬はフリーターだから、将来のことを考えるとって何回も言ってたし、時間の問題だったと思うよ。そのくせ金遣いも荒かったみたいだし」


 ……どうやら彼氏の情報は友人間で共有されているようです。そのことに少しだけ恐怖を感じてしまいましたが、表情や口に出したりはしません。


「私が語れるのはこれくらい」

「そうでしたか、ありがとうございました。他の人にも話を聞いてみますね」


 ワタシはベンチから立ち上がり、轟さんにお辞儀をしてからその場を早足で立ち去りました。

 話をしている間もずっと、『那由多』は呪いの言葉を囁いていました。



 次に出会ったのは喫煙所でタバコを吸っていた、天野(あまの)律子(りつこ)さんです。

 正直タバコを見ると嫌なことを思い出してしまい、気分が悪くなってしまいます。そのせいもあってか、一二三さんの友人の美鈴(みれい)さんのことは今でも少し苦手です。


「同じ講義を受けることも多かったし、自然と仲良くなったかな」


 古間さんの死を聞いても、天野さんは表情一つ変えませんでした。


「普段はどんな話をしていましたか?」

「大した話なんてしてないよ。彼氏の愚痴とか、ネットで買った化粧品の話とか」


 やはり能登さんの悪評は拡散されているようです。なんだかワタシまで彼のことが可哀想な人に思えてきました。


「この前もネットで買った限定のリップクリームが不良品だけど返品できないから早く使い切りたいって愚痴ってて」

「……なるほどぉ」


 事件とは大して関係ないと思うのですが、なんとなくファミレスでの一二三さんの言葉を思い出しました。

 現場にあったリップクリームは新品同然、なら古間さんはその不良品を使い切ったのでしょうか? それとも自宅に置いてきたのでしょうか?

 どんなに考えても、この話だけで答えは出ません。



 その後も学生たちから話を聞いたのですが、正直どれも似たり寄ったりでした。恐らく古間さんは友達は多くても、簡単には心に踏み込ませない性格なのでしょう。

 そして北城についても、結局は噂だけで本当に被害に遭った女性とは会うことができませんでした。

 収穫はほとんどありません。


 帰りにバスの中で、今日聞いた話を再確認しました。ファミレスでの時と同じように、学生から話を聞いている時も、隠れて撮影をしていました。

 彼女たちに犯行が可能だったかを考えますが、やはりどうしてもあの密室がネックになってしまいます。


「一二三さんは何か有益な情報を見つけられたらいいんですけど」


 ……諦めたのか、『那由多』はやっと静かになりました。


「可哀想な人……か」


 自然と口に出していました。

 私が可哀想な人で思い浮かべたのは、決して能登さんのことではありません。


「……一二三お姉ちゃん」

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