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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
150/210

9話 色の無い世界 その壱:変色②

 現場は密室。今のところは他殺の証拠も自殺の証拠もない。

 だがもし前者だとしたら……犯人は一体どうやって二人を殺したのだろうか。

 他の部屋も軽く見て回るのだが、どこも窓は施錠されていて出入りはできない。やはり現場は密室だ。


『密室なんて、あるわけないだろ』


 脳内で白髪の少女が嘲笑しながら言った。

 彼女はここにはいない。つまりこれは私のおかしくなった頭が生み出した妄想だ。


「……うるさい」


 私は余計な思考を振り払い、遺体の方を見た。

 先程まで叫びながら恋人の亡骸にしがみついていた能登(のと)那由多(なゆた)によって介抱されながら部屋の外へ出ていった。


 改めて遺体を確認する。

 被害者は二名。依頼人の恋人である古間千代(ふるまちよ)と、その浮気相手で大学教員の北城尚人(きたしろなおと)だ。

 二人とも外傷のようなものは特に見当たらない。となれば次に疑うのは毒によって死亡したという可能性だ。

 今のところ自殺と他殺の両方の可能性がある。しかし……


「どこにも毒なんてないんだよなぁ」


 部屋が密室だったことを考えれば、自殺の可能性の方が高い。だが、それなら自ら命を絶つのに使用した毒物が現場には残っているはずだ。

 軽く調べただけではあるのだが、部屋に毒物は見当たらない。だとすれば二人の衣服の中に隠されている可能性もあるのだが、私は遺体を調べることを躊躇(ためら)っていた。


「流石に近衛(このえ)刑事が来てからの方がいいよね」


 私は今までも勝手に遺体を調べたことは一度もない。祖母の存在を利用したりと無理矢理ではあるのだが、必ず警察に許可を取っていた。

 白髪の少女のようにいつも勝手に捜査していれば、いつかトラブルになるのが目に見えていた。


 そんな私の様子を不審そうに大家の老婆が玄関から睨んでいる。その後ろでは那由多が申し訳なさそうな顔をしていた。

 そういえば私たちは老婆に嘘を吐いて室内に入ったのだ。警察の到着を悠長に待っている暇はない。下手をすれば住居不法侵入で捕まったっておかしくはない。


「……ごめんなさい!」


 私は覚悟を決めて遺体に触れた。北城の衣服のポケットには何も入っていない。次は古間だ。

 すると彼女の上着もポケットの中に何かが入っていた。

 それを取り出して確認する。


「リップクリーム?」


 どこにでも売っているような、普通のリップクリームだ。

 しかし蓋を開けると、一度もこれを使用したような形跡は見られなかった。私はそのことに違和感を覚えながら、リップクリームを元の位置に戻した。

 そして足早に部屋を出る。流石にここで駆けつけた警官と遭遇してしまうことだけは避けたい。


「あっ、ちょっと!」

「すみません! 後でちゃんと説明しますから!」


 大家の制止を振り切り、私たちはアパートを後にした。



「よかったんですか? 遺体を勝手に調べちゃって」

「……よくはないんだけど、少し気になってね」


 大学近くのファミレスに入った私は、一度情報を整理することにした。

 外からパトカーのサイレンが聞こえる。恐らくあのアパートに向かっているのだろう。少しだけ罪悪感を覚えてしまう。


「そういえば、あの時何を見てたんですか? すぐにポケットに戻してましたけど」

「普通のリップクリーム…なんだけど、ほとんど新品っていうか使った形跡がなかったんだよね。それをなんでポケットに入れてたんだろうって思って」

「……使う直前だったからじゃないですか?」


 すると能登が震えた声で言った。


「つまり、能登さんはあれが他殺だと?」

「そうに決まってるじゃないですかッ! 千代が自殺なんてするはずが……! きっと一緒にいた男が無理心中を図ったんですよ!」


 能登がテーブルを叩いて叫んだせいで、周囲の視線がこちらに集まる。

 私は気まずい感情を誤魔化すためにコーヒーを一気に飲み干した。


「落ち着いてください。私たちもあれが自殺だとは考えていません。明らかに他殺です。ただ北城が犯人かはわかりませんが」

「なんでそんなことが貴女にわかるんですか?」

「だって、毒が部屋にないっていうことは、誰かが持ち出したってことじゃないですか」


 勿論専門外の私では見落としがあるのかもしれない。しかし今のところ部屋に毒物のようなものは見当たらなかった。

 つまり犯人がなんらかの方法で偽りの密室を生み出し、中の毒物を回収したことになる。


『いつも言っているだろ? 密室なんて存在しないって』


「黙れ」

「えっ?」

「……いえ、なんでもありません。一応聞きたいんですけど、能登さんは千代さんの持っていたリップクリームに心当たりはありますか?」

「千代が普段からよく使っているものです。すぐ乾燥するから手放せないといつもぼやいていました。僕も同じものを持っています」


 そう言って能登がポーチからリップクリームを取り出した。しかし、現場にあったものとは違う、カラフルなデザインをしていた。


「可愛いデザインですね。季節限定か何かですか?」

「え? あぁ…多分そうです。あんまり気にしないで買ったので」

「そうなんですね」


 私の頭の中は彼のリップクリームなんて欠片も興味を持っていなかった。関心を持っていたのは、能登春馬(はるま)に犯行が可能だったかという点だ。


「何故能登さんは現場に?」


 私たちは能登に現場となった北城の部屋の位置を教えてはいない。しかし彼は私たちが遺体を発見した直後、突然現場に現れたのだ。

 どう考えてもおかしい。それが私が彼を疑っている理由だ。


「大学構内になんとかして入れないか考えてたら、偶然お二人を見かけたんです。それで後をつけたら……あの現場に」

「声をかけてくれればよかったのに」


 那由多がそう言って唇を尖らせる。


「なんというか……嫌な予感がしたんです。もしかしたらお二人に話しかけたら蚊帳の外に追い出されるんじゃないかって」

「まあ場所が場所だし否定はしませんけどね」


 浮気相手の部屋に行くのに、恋人を連れていくほど無粋ではない。恐らくあの時能登が声をかけてきたら、那由多と一緒に別の場所へ行かせただろう。


「じゃあ一旦解散ということで。犯人は私たちが捕まえてみせますから。勿論警察がすぐに捕まえればそれに越したことはありませんが」

「は、はい! お願いします!」


 能登が深々とお辞儀をすると、先に店外へ出ていった。


「……さて」


 那由多が座席に置いていたバッグをテーブルに置き、中からスマートフォンを取り出した。

 そして()()()()()()()()()()()()


「会話は全部、完璧に撮れてますよ」

「性格ワル~」

「……一二三(ひふみ)お姉ちゃんに教わったことですよ?」

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