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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
1章 盤上世界の閉じた箱
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7話 盤上世界:立証考察②

「さすがに処分済か……」


 トラッシュルームで証拠になりそうなものは見つからなかった。

 ……煙の臭いで鼻が曲がりそうだ。


「だが、ひとつ確認することができたな」

『クク、最悪火事になるところだったなぁ?』


 炎をあげつづける焼却炉を見る。トラッシュルームに来た時、既に焼却炉は稼働していた。きっと犯人は証拠品が燃えて灰になるのを待っている暇はなかったのだろう。


「もし総一郎(そういちろう)が稼働させていないのなら、これは犯人がしたことになる」

『だが、それが何になる』

「少なくとも、一二三(ひふみ)に犯行ができなかったという証拠の一つになる」


 初めて屋敷に来た一二三に、この焼却炉を一人で使えたとは思えない。だがこれは彼女が犯人でないと認めさせるような、決定的なものではない。


『次はランドリーか?』

「いや、加奈子(かなこ)の部屋をもう一度調べる。気になることができたからな」


 焼却炉を停止し、トラッシュルームを後にする。

 そのままゲストハウスへ向かった。


 昨晩最初の惨劇が起きた部屋に入る。加奈子の無惨な遺体がベッドの上に放置されたままだ。私はそれを無視してクローゼットを開けた。


「女性用のシャツが二着……」


 クローゼット内にはその二着以外に、何もかけられていないハンガーが四つ吊るされていた。


『一つは加奈子の遺体が着ているものだろうな』

「なら残り三つは……」

『一つは栄一(えいいち)、残りは犯人が返り血を浴びた後、着替えに使ったと考えるのが妥当だな』


 つまり犯人は男性用のシャツに着替えたのだ。


『だからといって、犯人が男と考えるのは早計じゃないか?』

「あぁ、だが一二三が第一の事件が不可能だという証拠になる」


 一二三はずっとカラフルなTシャツを着ていた。真っ白な男性用のシャツを着ていた瞬間なんて一秒もない。それは私だけでなく他の人間も見ているはずだ。


『じゃあ、加奈子殺しの時だけ着ていたんじゃないか?』


 そう言って魔女はケラケラと笑う。私を混乱させようとしているのだろうが、無駄だ。


「犯行前に堂々とこの部屋の中で着替えたとでも? 流石にそんなことをしたら怪しまれるだろ。だがこの部屋は……」


 そしてあることに気づく。


「なんで荒れてないんだ……?」


 この部屋は加奈子の遺体と赤黒いシミのついたベッドから目を逸らせば、他の部屋と変わらない。シアタールームの惨状と比べると違和感がある。

 あまりにも綺麗な状態のままだった。それが逆に不自然に思えるほどに。


「そもそもなんで加奈子は抵抗しなかったんだ?」

『それは背中から一突きでほぼ即死だったからだろう?』

「そうだ。加奈子が油断して背中を向けた隙にナイフを取り出して刺した……。ナイフはどこかに隠した状態で部屋に入ったとして……」


 ……拭えない違和感。


「犯行は栄一がタバコを吸いに行った短い時間で行われている。せいぜい十分ほどだ……。それなのに、加奈子が隙を見せるまで待って殺害。返り血を浴びたシャツを着替え、密室を作り脱出した……」

『クク、ずいぶんと忙しいな』


 もしかしたら……。あまり信じたくはない。だが、それで犯行時間については説明ができてしまう。あとは密室の謎だ。


『なるほど、それが貴様の出した答えか?』

「あぁ……」


 目を閉じ、遊戯世界へ行く準備をする。


『我は先に待っているぞ。真実の吸血鬼』


 力を抜き、床に倒れる。今は犯人がここを訪れることがないよう、祈るしかない。

 一二三もそろそろ真実にたどり着くころだろう。赤崎(あかさき)サチヱの犯した罪なんて些細に感じてしまうほどの罪。

 ……それを知った時、彼女は私と友人でいてくれるだろうか。


 いや、できることなら……。



 今度は机の中を漁る。


「これは……」


 引き出しの奥に隠すようにしまってあった封筒。中には写真が二枚入っていた。


 一枚目は病室で赤ん坊を抱く加奈子おばさんの写真。ということはこの赤ん坊は樹里(じゅり)だ。


「かわいいなぁ……」


 おばさんは赤ん坊を愛おしそうに見つめている。

 赤ん坊はカメラの方を見て、黒い瞳を輝かせていた。


「え……?」


 この写真はおかしい。だって樹里は……。

 二枚目の写真を食い入るように見る。


 家族の集合写真。

 樹里を抱く加奈子おばさん。その隣で苦笑いをする生前の父。その後ろで真顔の新太(あらた)桐子(とうこ)。そして最前列で微笑むサチヱ。


 抱かれている樹里の姿は、一枚目の頃より少し成長していて黒髪も伸びていた。


「あれ……」


 黒髪……?

 この写真も明らかにおかしい。

 写真の裏側を見ると、これを撮った年と日付が書かれていた。


 ……二十一年前。

 どちらも、樹里が産まれる前に撮られたものだった。


『そういえば、おばさんから樹里ちゃんのこと一回も聞いたことなかったなぁ。何歳なの?』

『……十七』

『私より四つも年下なの⁉ まだ高校生なんだ……』

『いや、高校には……通ってない』


 島に来てすぐの時の会話。樹里が十七歳だとしたら、この写真が撮られた時彼女はまだ生まれていないことになる。

 なら、写真の赤ん坊は一体誰なのだろうか。


「もしかして…でも、そんなことって……」


 最悪の想像をしてしまう。だがもしこれが真実だとしたら、辻褄が合ってしまうのだ。

 昨晩のおばさんからの電話。それがこのことを伝えるためだとしたら……。


「これが、お父さんが追放された理由なの……?」


 まだこれが真実と決まったわけではない。しかし、それで説明ができてしまう。父の罪も、そして今回の事件の犯人も。

 犯人は加奈子おばさんに対して『色欲』というメッセージを残した。あの時は謎だったメッセージも、今ならその意図が解る。


「だから、『色欲』だったんだね」


 樹里は言った。この事件は、私が解き明かすべきだと。その理由がこれだとしたら……、彼女は残酷な人間だ。


 ……一旦落ち着こう。

 そう考えた瞬間、窓が大きな音をたてて割れた。


「だ、誰っ⁉」


 石が床に転がる。きっとこれを投げて窓を割ったのだろう。


「も、もしかして、犯人……?」


 犯人が次に私を殺そうとしているとしたら。

 ……まずい。入口が重く閉ざされているせいで、逃げ場所なんてどこにもない。


 私には、石を投げた人物がここに登ってこないのを祈ることしかできなかった。

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