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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
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8話 色の無い世界 その零:モノクロ

 目が覚めて時計を見る。午後七時……昨晩ベッドに入った時間から数えると二十時間以上寝ていたことになる。それでも身体中に付きまとう倦怠感が解消されることはなく、それが延々と私の精神を蝕んでいる。

 ベッドから起き上がり、欠伸(あくび)をしながら鏡を見た。

 白髪の女性が不機嫌そうな表情で鏡に映る自身の姿を睨んでいる。その目の下には濃いクマができていた。

 そして白髪の根本付近は地毛である黒い色が悪目立ちしている。……もう少ししたらまた染めなおさなくては。


──これが今の私、()()()()()だ。


 あの事件、警察は『AZ事件』と呼んでいる連続殺人からもう二年も経ってしまった。私の世界から色が無くなってから二度も春を迎えてしまったことが、私には苦痛でしかない。


 部屋から出て階段を下りる。そしてリビングへ行くと、現在生活を共にしている平塚茜(ひらつかあかね)四条(しじょう)那由多(なゆた)がテレビを見ていた。

 その後ろで友人の楠瀬(くすのせ)美鈴(みれい)がスマートフォンをいじっている。彼女はここから少し離れた場所に住んでいるのだが、頻繁に訪れていた。


「あれ、やっと起きたんだ」

「うん……、おはよ」


 私はもう一度大きく欠伸をして椅子に座った。すると美鈴がキッチンから私の分の夕飯を運んできて、テーブルの上に置いた。


「冷めてるけど、嫌だったら自分で温めて」

「わかったぁ……」


 そう答えたが、夕飯には手を付けずにソファーに座っている那由多のことを見た。

 彼女は初めて会った時のような黒い着物ではなく、白いシャツにサロペットと普通の女の子のような恰好をしている。

 現在彼女は高校生、なんだか感慨深くなってしまう。


 ……これであの人が隣にいれば、何も言うことはないのだが。


 ないものねだりをしても仕方がない。私は何度目かわからない諦めのため息を吐いてから夕飯を口に運んだ。


「今日はナユが作ったんですよ。味はどうですか?」


 那由多が期待の表情で訊く。

 私はそれを見て逡巡した後、微笑みながら答えた。


「うん、美味しいよ」


 ……嘘を吐いた。

 決して那由多の作った料理が不味いというわけではない。ただ、私の舌は上に何が載ってもその味を伝えることはしなくなっていた。

 何を食べても、味はわからず食べ物の形をしたゴムを噛んでいる気分になる。


「そういえば」


 茜が思い出したように呟いた。


「少し前に依頼が届いてましたよ。念のため、一二三(ひふみ)さんに判断してもらってからまた連絡する旨の返信をしましたけど」

「……どういう依頼?」


 適当に理由を付けて断ろう。私はそう考えていたが口にはしなかった。

 この前の依頼も帰りに泊まったホテルで謎に遭遇できたから良かったものの、肝心の依頼自体は退屈極まりないものだった。

 そして魔女が住んでいた村で起きた事件も謎を解いたのだが、それが私の渇きを癒やすことはなかった。

 私は謎が嫌いだ。それでも、私の魂は謎を求めている。……以前のあの人と同じように。


「消えた恋人を探してほしいと」

「警察に頼めばいいじゃん」

「それが、警察はなかなか相手にしてくれないそうですよ?」


 那由多がテレビを見ながらつまらなそうに答えた。

 なるほど、と私はすぐに理解した。要するにたらい回しにされた結果が私への依頼ということだ。


 そして更に言えば、『恋人』という単語が魚の骨のように引っかかってしまった。


近衛(このえ)刑事にも借りはもっと作っておきたいし、それなら仕方ないかな」


 私が心にもないようなことを言うと、美鈴が心配そうな表情で私の顔を見た。


「今、あいつのことを考えてるでしょ」

「……そんなことないよ?」


 今だけじゃない。あれ以来ずっと彼女のことを思わない時なんて一瞬たりともない。しかし、美鈴が言いたいのはそういうことじゃないのだろう。


「別にその消えた恋人と樹里(じゅり)ちゃんを重ねているわけじゃないよ」

「それならいいけど」


 ……赤崎(あかさき)樹里。

 今は私が経営している『アカサキ探偵事務所』の前経営者、そして私の大切な家族だった。

 彼女は優秀な探偵で、私なんて足元にも及ばないだろう。それでも、彼女は現在ここにはいない。だからこそ、私が謎を解くしかないのだ。



 後日、私たちは依頼者に会うために駅前のカフェを訪ねた。

 依頼者が不安そうな表情で、私と那由多の顔を交互に見る。


「えっと、先日依頼のメールを送った…能登(のと)春馬(はるま)です」

「はじめまして、能登さん。私は探偵の赤崎一二三、こっちは助手の四条那由多です」


 私の紹介にあわせて那由多が軽く会釈をする。

 ちなみに今日は平日。つまり那由多は高校の授業をサボって今ここにいるわけだ。特に珍しい話ではないし、私も一々何か言ったりもしない。


「それでは早速、消えた恋人のことについて詳しく知りたいのですが」

「は、はい……この子です」


 能登がスマートフォンで一枚の写真を見せてきた。写真には能登の隣に若い女性が写っている。茶髪の長い髪のいかにも明るそうな女性だ。


古間(ふるま)千代(ちよ)、彼女とは高校からの付き合いで、今は近くの女子大に通っています」

「千代さんがいなくなったのは?」

「土曜日です。その日の夜、僕の部屋に来ていたのですが途中で喧嘩になってしまって。部屋を飛び出してどこかに行ってしまい…それから連絡が取れていないんです」

「何故追いかけなかったんですか?」

「すぐに追いかけても気まずいだけだと思って。それなら明日落ち着いてから謝りに行こうと考えたんです。……でも、次の日彼女の家を訪ねたら彼女の両親は昨晩から帰ってきていないと言って」

「それで警察に連絡したんですね」

「……はい。でもただの衝動的な家出だろうと」


 大体の事情は把握できた。

 正直に言えば私の琴線に触れるようなものではない。しかし、脳内で雪のような髪と血のような色の瞳をした少女が浮かんで消えない。

 ……美鈴の言う通りだ。

 私は依頼者の恋人と自身の家族を重ねてしまっているのだ。


 だからこそ、答えは一つしかない。


「わかりました。その依頼、お引き受けします」

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