7話 魔女の住む村 その死:眠り姫
「……さて」
広間に全員が集まる。当然、この場で犯人を言い当てるためだ。
近衛刑事がめんどくさそうに頭を掻く。
「本当に解ったんだろうな」
「えぇ、解りましたよ。誰が山路世津子さんを殺したのか」
そして私のことを不安そうに眺める人たちのことを見た。
山路の側近をしていた木本。山路たちとグルだった今井と雪野。この中に犯人がいる。正確に言えば、山路殺しの共犯者がいる。
身もふたもない言い方をすれば、この中に実行犯はいない。
「まずは第一の事件から。私たちがここに来る前、山路さんへの脅迫の電話がありましたね。そうでしょう? 今井さん、木本さん」
「は、はい……」
「そしてその犯人が御代さんであると貴方たちと山路は考えた。だからこそ毒を使って御代さんを殺害した。これが第二の事件です。……でもやっぱりおかしいですよね? だって魔法を信じさせるために、こうやって警察が来るようなことをしてるなんて不自然ですよ」
水差しは処分した。しかし短時間で完全に証拠を隠滅できたとも思えない。
ならどうやって御代を殺したのか。その答えがそのまま、山路殺しの答えにも繋がってくる。
「あの時、御代さんは死んでいなかったんです。それが現場に御代さんがいたことと、密室の答えです」
「はぁ⁉ 御代紀文はたしかに死んでいたんだぞ! 死体がどうやって人を殺したっていうんだ⁉」
近衛刑事の疑問は当然のものだ。山路の部屋で倒れていた御代は間違いなく死亡していた。それは私も確認しているし、警察が検死を行っている以上素人の私が異論を唱える隙間はない。
だが、順序が逆だとしたら……。
「山路が殺された時、御代さんは生きていたんです。だから、御代さんに犯行は可能です」
検死して殺害されたおおよその時刻が判別できるとはいえ、やはり正確な時刻を計ることは難しい。だからこそ、私たちの前で倒れたことから、御代は山路よりも先に死亡したと考えたわけだ。
だが、それが偽りだとしたら……。全ての前提が覆ってしまう。
「第二の事件はフェイク。御代さんの自作自演です」
「つまり、あの時苦しんでいたのは演技で、実際は毒なんて入っていなかったってこと⁉」
「雪野さんの言う通り、水差しの中はただの塩水。氷もただの氷でしかなかったんですよ。それでも御代さんは毒を盛られたフリをして、そして倒れた」
そして御代は広間に誰もいなくなったところで起き上がり、行動を開始した。
「御代さんはその後現場に侵入、山路を撃ち殺した」
「だとしたら、御代紀文は殺した後に……」
「はい。死亡時刻が誤魔化せても、死因は誤魔化せませんから。だから、御代さんは殺害後自ら毒を飲んで自殺したんです」
それが現場に残されていたコップの正体だ。あれは山路が飲んだのではなく、御代が飲んだのだ。
そして水差しはどこに消えたのか、外に落ちていたガラス片がその答えだ。
「これは外に落ちていた破片です。御代さんは水差しを窓から投げ捨てて証拠を処分したんです。そして共犯者が破片を回収して証拠隠滅を図りました。これはその回収漏れでしょうね」
それができたのは一人しかいない。
「……木本さん、ガラスを拾う時は指を切らないように気をつけましょうね」
「な……」
「共犯が可能なのは木本さん、貴方しかいません。客も信者も全員待機させるように命じたのは貴方です。貴方以外考えられないんですよ」
これでチェックメイトだ。
……だが、動機が未だにわからない。
「なんで殺す必要があったんですか。なんで御代さんに自殺させてまで、こんなトリックを仕組む必要があったんですか」
「……復讐だよ」
木本が呟いた。
「警察の人なら知ってるだろ? 山路世津子は元々ただの詐欺師だ。それを俺たちがプロデュースしてここまで育ててやったんだ」
「それが復讐……?」
「あぁ、幸せの絶頂になった瞬間にどん底まで叩き落す。そう俺は紀文と誓ったんだ。あいつの被害者の俺たちで復讐してやるってな」
そのためだけに彼らはこんなに回りくどいことをしたのだ。
勿論山路による詐欺の被害に遭ったことは同情できる。しかし、彼らの手によって新たな詐欺被害者が出ているのだ。
……つまり、彼らも山路と同じ罪を犯してしまったのだ。彼らはただの犯罪者だ。
「近衛刑事、後はお願いします」
「あぁ……」
……復讐か。きっとそれができる相手がいた彼らは幸運だったのだろう。
もうこの世に復讐する相手がいない私は、どうしたらいいのだろうか。
●
新興宗教の施設で起きた事件から数日、私はとある病室にいた。
ベッドに横たわり、目蓋を閉ざしている白髪の少女を見て、私は事件のことを考えていた。
「樹里ちゃん、私どうしたらいいのかな?」
少女は何も答えない。
「みんなはもう樹里ちゃんがいないのが普通になってるんだ。まるで最初からいなかったみたいに。本当は私もそうするべきなのかもしれないけどさ、上手にできないんだよ。……ねぇ、だから起きてよ。いつもみたいに家で本を読んだり、一緒に料理したり、それが私にとっての普通なんだよ! ねぇってば!」
私は眠っている彼女の身体にしがみつきながら、涙を流した。
あれから二年、私の時計の針はずっと止まったままだ。
彼女が眠ったまま起きない事実を受け入れられず、私は二年間ずっと彼女の真似事をし続けていた。それでも、私は彼女のようにはなれない。
……だからこそ、山路に言われたあの言葉だけが私の内面を正しく表していた。
「うん、八つ当たりだよ。そうに決まってるじゃん。だって私に力がなかったから樹里ちゃんがこうなったなんて認めたくないよ。悪いのは酷いことをする犯人で、私のせいなんかじゃないよ……。樹里ちゃんもそう思うよね? 『一二三は悪くない』って言ってくれるよね?」
彼女の冷たい手を握る。彼女はなんの反応を示さないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
私はただ彼女と一緒にいたいだけなのに、世界は残酷だ。
「……また来るね」
そう言い残して、私は病室を後にした。