6話 魔女の住む村 その惨:死体の順序②
「そうですか、ありがとうございます。じゃあ次は今井さん」
「は、はい……」
といっても、彼に訊きたいことは一つだけだ。
「何故貴方は御代さんを見殺しにしたんですか?」
「……へ?」
当然今井はとぼける。しかし私には彼がただの客ではないという証拠があった。といっても物的証拠ではない。
何故なら、あの時の彼の発言は私たちが知るはずのないことだったのだから。
「貴方は二階に山路の部屋があることを知っていましたよね。それは何故ですか?」
『山路の部屋は?』
『二階です!』
あの時、今井は山路の部屋の位置を知っていた。しかし、それはおかしい。
「だ、だってパンフレットには施設内の地図が……」
そう。私もそれを見て厨房の位置を知ることができた。
だが、それでも彼はあの部屋の場所を知っているはずがなかったのだ。
「そうですね。一階の地図はパンフレットに乗っていました。でも、信者以外の人間が利用することのできない二階以上の地図は載っていないんですよ」
「それ…は……」
「なるほど、こいつも私と同じってわけ?」
傍観していた雪野がおかしそうに笑う。
彼女はサクラ役、山路たちと繋がっている存在だった。つまり、彼女と同じということは……。
「えぇ、今井さんもグルなんですよね? そう考えれば部屋の場所を知ってるのも納得です」
「……そうです」
今井は観念したようにため息を吐いた。
「ボクも木本さんに雇われてサクラ役としてここに来ました。このことを山路さんは知りません。あくまで木本さんが独断でやっていることです。当然顔も変えてはいません」
「今までも今井さんみたいな人がいたんですか?」
「……はい。相談の客のフリをして、紛れ込んでいたんです。順番は木本さんが決めているので、大体最初に選ばれます。それでわかりやすいマークを身に着けていけば、山路さんはそれっぽいことを言ってくれます。別に想定外なことを言っても合っているフリをすれば、周りの人たちは大体山路さんの力を信じてくれます」
つまり、山路が今井の恋人を失ったことを言い当てるきっかけとなった、彼の二重にした婚約指輪も偽装というわけだ。
そして私もまんまと騙されてしまったことになる。
「それで、ある日男から電話があったんです。今日みんなの前でトリックを暴くと。その犯人をボクと木本さん、それと山路さんで調べていました」
「御代さんが脅迫の電話を?」
「……わかりません。ただあの二人はそう判断したみたいです」
最初に山路へ突っかかったのは私だ。しかし脅迫犯は男性、私ではない。だからこそ、その後に山路のインチキを追求してきた御代が脅迫犯だと考え、毒を飲ませた。
山路たちは最初から脅迫犯を殺すつもりでいたのだ。だが自身の魔法を信じさせるために警察を呼んでしまうような行為をするリスクとつり合っているとはやはり思えない。
「整理すると、今は三つの事件が起きてるってことなのかな」
思っていた以上だ。この件には複数の悪意が絡み合っている。
そしてこの事件には犯人が少なくとも三人はいる。
一人目は御代殺しの犯人。その犯人は山路と木本の二人だ。
二人目は山路殺しの犯人。まだその犯人が誰なのか判明していない。
最後に三人目、山路たちに脅迫の電話をした犯人だ。彼女らはその犯人を御代だと考えていた。
……これ以上二人から話を聞いても山路殺しの犯人に繋がる新たな証拠は見つからないだろう。
私は施設内の現場以外の場所に証拠が残っていないか調べることにした。
●
「と言ってもなぁ……」
現場からは警察が調べているというのにまだ証拠は何も見つかっていない。
あてもなく歩き続けた私は気づくと外から現場の窓を眺めていた。
「窓も施錠されていたから飛び降りるのも不可能。じゃあどうやって犯人は脱出したんだろう」
結局のところ一番の問題はそこだ。犯人が密室を形成して現場から消えた方法が解らなければ謎を解くことはできない。
『──魔法を使ったとか?』
また女性の囁き声が聞こえた。
「……お前は黙ってろ。一々癪に障るやつだな」
『私達が知恵を貸せばすぐに真実は見えると思うのだけど』
「うるさいッ!」
周りに人がいなくて助かった。
もし誰かが荒ぶる私を見たら、気が狂ったようにしか見えないだろう。この声は私にしか聞こえていないのだから、ただ一人で暴れているようにしか見えない。
自分でもそれは理解しているのだが、どうしても感情の抑えが利かなかった。
「そうやっていつも上から目線で! そりゃ私には樹里ちゃんみたいな頭脳なんて持ってないよ⁉ それでも必死に証拠を探しているんだよ! でも! でも……あれ?」
癇癪を起していると、私の靴が何かを踏んだ。そして踏まれた衝撃でその何かは割れてパリンという音を鳴らした。
足をずらして踏んだものを確認する。
「ガラス……?」
私が踏んだのはガラスの破片だった。
そして破片のあった位置の周りの芝だけ、水で濡れている。雨が降ったわけではない。そして花壇もここから離れた場所にあるため、信者が如雨露で水をかけたわけでもないはずだ。
「もしかして……」
『これを使えば、偽りの密室を作ることができるわね』
先程までの怒りはどこかに消えてしまった。囁き声の言う通り、これを使えば密室を生み出すことも可能だ。
なら誰がこんなことを……。そう考えるがやはり犯人が一人では説明できなくなる。つまり共犯者がいたはずだ。
「多分共犯者がガラスの欠片を回収して、これはその拾い漏れ。……そうか、だからあの人は」
そして肝心の実行犯だが、これも既に見当がついている。
実行犯は彼以外ありえない。
「となると、やっぱりこの事件は最初から仕組まれていたんだね。三つの事件すべてに、共通の犯人がいる」
彼らの目的は山路世津子を亡き者にすること。そのためにこんな回りくどいことをしたのだ。
私はこのことを近衛刑事に伝えるために走り出した。