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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
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5話 魔女の住む村 その弐:融解②

「……氷?」

「そう、水差しではなく氷に毒を混ぜていた。それが山路(やまじ)世津子(せつこ)木本(きもと)森造(しんぞう)の二人が共謀して、御代(みしろ)さんを殺害したトリックです」


 日当たりの良いところに水差しを配置したのも、山路が長時間かけて呪文を唱える演技をしたのもすべては中に入っていた氷を溶かすためだ。

 私と雪野(ゆきの)、そして山路自身が飲んだ時はまだ氷が溶けておらず、塩水と混ざってはいなかった。しかし、御代が飲む時には氷が溶け出し、その中に入っていた毒が混ざったのだ。


「……山路さんの部屋なら、まだその証拠が残ってるかも」


 今井(いまい)が呟いた。

 水差しは側近の木本によって処分されてしまった。しかし、他の証拠が残っている可能性はある。たとえば氷に混ぜた毒の残りだ。


 そこで山路と最後の対決をする。私はそのための準備をした。

 それを終えた私は雪野の顔を見て訊ねた。


「山路の部屋は?」


 パンフレットには一階の地図しか載っていない。そして一階に山路の部屋が見当たらない以上、彼女と関わりのある雪野に訊くしかなかった。


「二階です!」


 何故か私の問いに雪野ではなく、今井が答えた。そして走りだした彼についていく。

 階段を上り二階へ、廊下を進むと大きな扉の前で彼は足を止めた。

 そしてドアノブをにぎり扉を開こうとするが、扉は動かない。


「開かない……」

「鍵がかかってますね」


 念のため私も扉を開けようとしたが、びくともしなかった。

 すると誰かがこちらに向かって歩いてきた。


「ここで何をしているんだ⁉」


 私たちの姿を視認した木本が激高した表情でこちらへ走る。正直今一番会いたくない相手だった。

 私たちは控室で待機していろという彼らの命令を無視している。そして私は先程の一件で彼らに目をつけられている。山路の虚構を暴こうとしている私のことを消そうとする可能性も否定できない。

 しかし、あくまでも冷静を装う。不安が少しでも顔にでれば相手の思うつぼだ。

 だからこそ、私は堂々と宣言した。


「トリックはすべて見破った!」

「……は?」


 証拠はない。だが、これしか考えられない。


「山路世津子に魔法の力なんてない。ただの子供だましのトリックで御代さんを殺害したんです」

「何を言うかと思えば……。まだそんなことを」

「ならもう一度会わせてください。本当に魔法の力があるのなら私にも毒を飲ませることができるはずです。……これを使って」


 私は先程厨房で用意したものを見せた。


「ペットボトル……?」

「はい。中には厨房で入れた水道水が入っています。もし本物の魔法なら、これも毒に変えることができますよね?」

「しかし、山路様はもう何度も力を使っていて……」

「そうやって逃げるんですか?」


 力の使い過ぎで疲れている。インチキ霊能力者がよく使いそうな手だ。

 恐らくどんなに煽ったところで、木本は首を縦に振ることはないだろう。だからこそこれは上手い方法を考えるための時間稼ぎだ。

 だが、彼はため息を吐くと懐から鍵の束を取り出した。

 それを持つ指には絆創膏が貼られていた。……先程まではしていなかったはずだ。あれから怪我でもしたのだろうか。


「後悔しても遅いからな」


 そしてドアノブに鍵を差し込む。

 まさかとは思うが、本当にただの水道水を毒に変えることができるのだろうか。いや、そんなはずはない。なら何故木本は山路と会わせようとしているのか。それがわからない。


 扉が開く。最低限の家具しか置かれていない殺風景な部屋だが、そんなことはどうでもよかった。

 山路世津子は椅子に座り、顔はこちらに向いていた。しかしその瞳は私たちを映してはいない。

 そして彼女の額からは血が流れていた。


「なんで、山路様……」

「あ、あぁぁ……」


 更に、床には一人の男が倒れていた。その男はここにいるはずのない人物。何故なら、彼は()()()()()()()()()()()


「どうなってるわけ……?」


 私にも何が起こっているか理解できない。

 部屋の中には死体が二つあった。それだけが混乱した頭でもかろうじて認識できた。


 外からパトカーのサイレンが聞こえてくる。そこで正気を取り戻した私は室内に入り、二人の遺体を確認した。

 一人は山路世津子の遺体。

 ……そしてもう一人は先程山路たちに殺されたはずの、御代の遺体だった。



「はぁ……、どうやらお前に頼む必要はなかったみたいだな」

「……すみません」


 遅れてきた近衛(このえ)刑事が露骨な嫌味を言う。それに返す言葉が見つからなかった。

 しかし、今回の事件には不可解なことが多すぎる。まずはこの現場の状況だ。


「でも、なんで御代さんの遺体がここに?」

「通報した時は広間にあったんだよな? 誰かがここに移動させたのか?」

「い、いえ……。私たちは山路様の指示に従い、現場をそのままにしました」


 木本の目が泳ぐ。彼は明らかに嘘をついている。

 そもそも毒の入った水差しを彼は処分しているのだから、現場の保存なんて微塵も気にしていないだろう。


「遺体を運んだのは山路世津子である可能性が高いってことですね」


 敢えて木本の嘘を指摘せずに、私は何故遺体をここに運ぶ必要があったのかを考えた。

 それに御代が殺されたこと自体も不可解だ。


「なんで御代さんは殺されたんだろう……」


 そもそもその理由がわからない。

 木本と死んだ山路にとってこの状況はリスクでしかない。それなのに何故わざわざ素直に警察へ通報したのだろうか。

 ……もしかしたら、最初から御代を殺すつもりで?

 そう考えればある程度納得することはできるのだが、やはり腑に落ちない。

 御代はここに初めて訪れたはずだ。それが本当なら、殺す動機がわからなくなる。


「魔女様を殺したのはこれか……」


 近衛刑事が凶器を見ながら言う。

 山路世津子を殺害したのは拳銃。そこから弾が発射され、彼女の頭部を貫いた。刑事の見立てでは山路はほぼ即死だったそうだ。

 しかし、そんなことよりも凶器が落ちていた場所が一番の謎だった。


「……しかしなんで死体が拳銃を握ってるんだ?」


 凶器は山路よりも先に死亡したはずの御代の右手にしっかりと握られていた。

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