5話 魔女の住む村 その弐:融解①
広間から追い出され、控室に戻る。警察が来るまでここで待機するらしい。他の客たちの視線が私に集まる。
この状況になってしまったのは私のせいだとでも思っているのだろう。まぁ、否定はしないのだが。
「大変なことになりましたね」
そんな中、一人の男性が私に話しかけてきた。
「貴方はさっきの」
話しかけてきたのは、先程山路によって過去を言い当てられた男性だった。
「今井です。こんなことになってしまいましたが、貴女には感謝しているんですよ」
「何故? 感謝されるようなことをした覚えはありません」
「もう少しで騙されるところでしたから。本当にありがとうございます」
「それなら、次は一目見ただけで判断できるようなものは身に着けない方がいいですよ」
私は今井の薬指にはめられた二つの指輪を見て言った。
「指の根元にまでしっかりとはめている指輪は貴方のものですが、指先にしている方はあきらかにサイズが合っていない女性用のものです。山路世津子はそれを見て貴方が大切な女性を亡くしていると考えたんでしょう」
最初、山路はその女性を今井の妻だと考えた。だからこそ家族という言葉を使ったのだが、今井の微妙な表情の変化を見て言いなおしたのだ。家族になるはずだった人だと。
そして私は、先程から私たちの様子を眺めている女性の方を見た。他の人間たちも私たちを見ているのだが、彼女だけはやはり目立っていた。
「……そうですよね。協力者さん」
二番目に水を飲んだ女性。彼女も控室にいた。
入信希望としてここに訪れた彼女が控室にいるのは何らおかしいことではないのだが、既に彼女の正体は見破っている。
「……雪野よ。バレてるみたいだから白状するけど、今回のサクラ役として紛れ込んでいたの」
「やはりそうでしたか。でも、それだけじゃないですよね」
私はスマートフォンを取り出し、依頼を受けた際に近衛刑事から預かっていた行方不明者たちの顔写真を確認した。
「雪野久実さん。三カ月前に村へ行ってから行方不明になっている女性……それが貴女ですね?」
写真の雪野と目の前にいる雪野は顔が少し違う。しかし雰囲気はかなり近かった。
恐らく整形しているのだろう。その理由は一つしか考えられない。
「全部気づかれてるみたいね……。想像通り、私は山路にスカウトされてここで働いてるの。謂わば共犯者ってやつ? さっきみたいにサクラ役をしたり、イカサマの方法を一緒に考えたりね。そのために顔も変えさせられたの」
「イカサマ、やっぱり山路さんは……」
今井の言葉に雪野はクスリと笑った。
未だに心のどこかで山路を信じていた彼のことがおかしいのだろう。
「えぇ、あの人に魔法の力なんてないわ。全部ただのトリック」
雪野は声を潜めずに堂々と言った。周りに人がいるというのに、彼女たちにとって不利益でしかない発言をするとは予想外だった。
「随分とあっさりですね。もっと足掻くのだと思っていましたが」
「だって、今回のことは私何も聞いてないし。ただ塩水を飲んで何もリアクションをするなって言われてたのに、本当にあの水で死人がでるなんて思ってなかったわ」
今回のことは雪野にとってもイレギュラーな事態であったらしい。彼女の言葉が本当なら、山路がただ自身の力を信じさせるために御代を毒殺したとは思えない。
警察が来れば、雪野たち行方不明者の存在がバレてしまう。ならその仕返しと言わんばかりに、雪野が今のようなことを言ってしまったら、山路は再び刑務所に逆戻りだ。
雪野一人だけが言うのであれば、ただの妄言と処理できるかもしれない。だが、他の信者が裏切らないという保証はどこにも存在しない。
それどころか、警察によって行方不明者より先に自身の力のからくりがバレるリスクもある。現に今も私たちは警察の到着をここで待っているのだから、山路にとってこの状況は最悪なはずだ。
「でも、山路さんはどうやって……」
「言っとくけど、私は本当に何も聞いてないからね」
どうやって御代が飲む時だけ水に毒を入れたのか、それがわからない。
だが魔法なんてものではなく、確実に何らかのトリックを使ったはずだ。私は脳内で囁き続ける女性の声を無視して、事件のことだけを考えた。
「水差しに何か仕掛けがあったとか?」
「でも、水差しに入っていた時とコップに注がれた時とで違いなんて何もなかったじゃない」
「そうですよね……。なら本当に魔法で……?」
本当に違いなんてなかったのだろうか。コップにはなくて、水差しにだけあったものが存在していたとすれば、そこに仕掛けがあった可能性が高い。
「水差しだけにあったもの……、そうか」
そこで私は気づいた。だから木本は水差しをあの位置に置き、山路は長い時間をかけて呪文を唱えたのだ。
水差しの中にはあれがあった。あれを使えば御代殺しのトリックを説明できる。
「ってことは……まずいッ!」
私は急いで控室を出て廊下を走った。
パンフレットに載っていた建物一階の地図を思い出しながら、目的地に向かう。
そしてその部屋の前にたどり着き、私は扉を勢いよく開けた。
中では何人かの信者たちが山路の昼食の準備をしていた。大半の信者たちも私たちと同じように別室で待機しているはずなのだが、ここにいる信者たちは別なのだろう。
私が来たのは厨房、ここに証拠がある可能性が高い。
「水差しはどこにやった⁉ 早く答えて!」
信者の一人に訊ねる。もはや脅しに近かった。信者は怯えた表情で首を横に振った。
「き、木本さんが処理すると……山路様の力が残ってるから危ないと言われて……」
「……遅かった」
既に証拠は処分されているだろう。もっと早く気づくべきだった。
今井と雪野も遅れて厨房に入ってきた。今井は私の様子に困惑しているようだが、雪野は何故私がここに来たのか察しているようだ。
「そういうこと」
「はい、雪野さんが考えている通りだと思います」
「えっと…僕には何がなんだか……」
私は今井に説明するために、業務用の冷凍庫の扉を開けた。そして中に入っていたあるものを取り出した。
「……氷?」
「そう、水差しではなく氷に毒を混ぜていた。それが山路世津子と木本森造の二人が共謀して、御代さんを殺害したトリックです」