4話 魔女の住む村 その壱:マガイモノ②
「……ちょっと待ってください」
私は無意識のうちに口を挟んでいた。
「なんですか? 貴女の番はまだですよ」
「いえ、そうじゃなくて……。それってコールドリーディングってやつですよね?」
コールドリーディング。インチキ占い師などがよく使用する技法だ。
単純な技法だが、タネがわからなければ魔法のように見えるだろう。
「赤崎さん⁉ な、なんてことを言うんですか!」
「貴女はまず呪文を唱えているフリをして、男性の様子を観察したんです。そしてそれを終えて、さも本当に過去が見えているように言いながら男性の細かい表情の変化を見て言葉を選び、自分の力は本物だと見せかけていただけです」
男がこちらを見る。彼の眼の下には濃いクマができていた。
そしてよく見ると男の薬指には指輪が二つはめられている。これを見て山路は過去を見たフリをしたのだ。
だがこれだけでは完璧に言い当てることはできない可能性もある。だからこそ、彼女はもう一つの常套手段も使っているはずだ。
「なるほど、貴女は私をインチキだと思っているみたいですね。……いいでしょう。次は貴女を見てあげましょう」
そして山路がこちらにまで歩いてくる。
表情は先程までと変わらない。しかし、声には怒りが込められていた。
彼女が私の額に手を当て、再び呪文を唱える。
しかし今の私は何かそういった過去を匂わせるようなものは何もしていない。あるとすれば白く脱色した髪くらいだが、これだけでは何もわからないはずだ。
「……見えました」
それでも、山路は言った。
「貴女も相当辛い過去を持っているようですね。そのせいで周りにあたってしまうのも無理はありません。今回のことを許しましょう。これも私の役目ですから」
「……それで、何が見えたんですか」
「焦らなくても大丈夫ですよ。……先程の男性と同じように、貴女も大切な人を失っているようですね。その傷心旅行中にここへ来た。違いますか?」
「まぁ、合っていますね」
あくまでも冷静に答える。
「恋人の男性がいなくなって不安なのはわかりますが、八つ当たりはよくありませんよ?」
「……はぁ」
たしかに八つ当たりかもしれない。この想いは潜入捜査のために作った設定ではなく、本物だ。
しかし、山路は肝心なところを間違えてしまった。そしてそのタネも見当がついている。
「ホットリーディングですね」
「……は?」
「これもインチキ占い師がよく使う技法です。事前に情報を仕入れず観察や会話の誘導から情報を得るのがコールドリーディングですが、その逆で事前に情報を仕入れることで言い当てるのがホットリーディングです」
山路はどこから私の情報を仕入れたのか、そして何故間違えたのか。その理由は私から情報を聞きだした共犯者の責任だろう。
「村にある唯一の民宿、あそこの女将から観光客の情報を聞いていたんですよね。あの人がグルだと考えれば、全て説明できますし」
そして女将が事件のことを知らない理由……否、何故知らないフリをしたのかも彼女が共犯者だという可能性で説明できる。
だが、女将は一つミスをしてしまった。勝手に想像しただけの曖昧な情報を山路に伝えている。
「あと、私が失ったのは彼氏じゃなくて彼女ですから」
「なっ……」
……やってしまった。私は今になって後悔した。
これでは潜入捜査どころではない。
「ふふ…ふふふ……」
すると山路は笑いながら私の顔を見た。周りの信者たちも同じような反応をしている。
「貴女は本当に愚かですね……。木本! あれの準備を!」
「かしこまりました」
木本は一旦広間から出ると、水差しとコップを載せたサービングカートを運んできた。そしてそれを日当たりの良い場所で停める。
「本当は信者たちの信仰心を再確認するためのものですが、貴女は特別です」
そう言って山路はコップの一つに水を注いだ。
「これは何の変哲もないただの水です。……今はまだ」
コップを確認するが特におかしなところは何もない。
水差しの方も見たが、こちらも同様だ。コップの方と違うのは、中に氷が入ってるところくらいだろう。何も細工されているようには見えない。
だからこそ、山路の最後に付けたした言葉が引っ掛かった。
「今は? ここに何か加えるんですか?」
「えぇ、今からこの水に私の魔力を注ぎます。するとこの水は飲んだ人によって味が変わるんです」
「はい……?」
何かの漫画で読んだことがあるような内容だなと思っていると、山路がコップに手をかざした。そして呪文を唱える。
「信仰心を持つ人が飲めばただの水。……しかし、罪深い人が飲めばたちまち毒に変わるのです」
「そんなわけ……」
「では、試してみますか?」
「……最初から毒を入れてるんじゃないですか?」
私が毒で倒れた後、「この女性は信仰心がないから死んだ」と言って毒の入った水を処分すれば信者を騙すことはできるだろう。
もしかして、行方不明事件の原因はこの水……?
「そう言うと思っていましたよ。ではまず私から」
山路は一切躊躇せずに、水を一気に飲み干した。
信者たちも彼女の様子を固唾を呑んで見守るが、特に変化はない。
「ただの水でした」
信者たちが安堵のため息を吐いた。
そして山路は同じコップに再び水を注ぎ、呪文を唱える。
「では次は……貴女が飲んでください」
すると私ではなく、その近くにいた女性を指差した。女性の腕には黄色のリストバンドがつけられている。つまり彼女は入信希望というわけだ。
女性は少しだけ躊躇いながらも山路からコップを受け取り、そして中の液体を飲んだ。
この場にいる全員が女性の様子を見守る。
「……み、水です。何も入っていません」
女性が飲んだのもただの水。山路の理論から言えば、彼女も強靭な信仰心を持つ人間ということなのだろう。
「それでは次は貴女の番ですよ。赤崎一二三さん」
「名前、知ってたんですね」
これも女将から聞いたのだろう。特徴的な見た目なのだから、すぐに名前と顔が一致するだろう。
三杯目が注がれ、それが私に渡される。視線が一気にこちらへ集まった。
……大丈夫。中に入ってるのはただの水のはずだ。きっと貴女にもまだ信仰心が残っているなんて言い訳をするつもりなんだ。
それか私が怖気づいて逃げ出すとでも思っているのだろう。
毒なんて入っていない。大丈夫、大丈夫だから……。
私はゆっくりとコップを傾け、喉に水を流し込んだ。
……違和感。本来無味であるはずの水なのに、味覚が何かを感じとった。
「……うっ」