4話 魔女の住む村 その壱:マガイモノ①
翌日、私は民宿を出て件の屋敷に向かっていた。
私と同じように、他の観光客たちも同じ方向に歩いていた。緑豊かな景色を楽しむわけでもなく、全員が視線を屋敷の方に向けている。
山路世津子がいなければ、彼らはこの村に訪れることはなかったはずだ。そういう意味では、やはり魔女はこの村にとって希望の存在なのだろう。
「貴女も世津子さんのところに?」
唐突に横にいた中年の男が話しかけてきた。その手には高級そうな鞄が握られている。
その鞄の中にただ荷物を入れているだけではないことがすぐにわかった。
「……そうですけど」
「あぁ、すみません。私は御代紀文、私も世津子さんの屋敷に行くところなんですけど……、初めてだからやはり不安でして」
「赤崎一二三です。私も初めてで、騙されたりなんてしたらと思うとやっぱり少し怖いですよね」
御代に話を合わせて純粋な観光客のフリをする。
潜入捜査のことは誰にもバレてはいけない。それは他の観光客相手でも当然だ。
「赤崎さんは入信ではないのですか?」
恐らく私が何も持っていないのを疑問に思ったのだろう。
確かに今の私は手ぶらに見えるのだが、服の中にはボイスレコーダーやデジカメが隠されている。しかし、御代の疑問はそういうことではない。
「えぇ、事前に相談料は振り込みましたけど、やっぱり入信となるとそれなりにお金もかかるわけですし、今回山路さんの力を実際に見てから判断しようと思いまして」
「なるほど。……いや、普通はそうですよね。私なんて何も考えずに準備をしてきちゃって」
そう言って自身の持つ鞄を見る。恐らくあの中には入信のためのお布施が入っているのだろう。
山路世津子が教祖をしている新興宗教は、基本的には信者からのお布施で経営をしている。信者ではなくても相談料を払うことで彼女の力を見ることができるらしいが、やはり収入源のメインは前者だろう。
そして入信をするのにも莫大な額のお布施を要求されるらしい。パンフレットには心付けとしか書かれていないが、入信するために借金をしたり家を売り払う人間もいるほどだ。
……何故それほどまでに山路世津子という女性に惹かれているのか、私には理解できない。
●
屋敷に入ると、まずは入口で受付を済ませる。
係の女性に事前に購入していた電子チケットを見せると、女性は緑色のリストバンドを手渡してきた。そして受付の時間が終わるまで控室で待機しているように言われる。
素直に従い、控室へ行くと御代も受付を終わらせていた。
「あれ、赤崎さんのものは色が違いますね」
御代がしているリストバンドは私のものとは違い、黄色だ。周りを見ると他の来訪者たち全員が緑と黄色の二色どちらかのリストバンドをしていた。
「多分、相談か入信希望で分けているんじゃないですかね」
「黄色が入信希望、緑が相談ってことですか」
彼が先程まで持っていた鞄は今はどこにもない。恐らく受付に入信のお布施として渡したのだろう。
「しかし、想像していたよりも多いですね……」
「観光客ほぼ全員がここに来ていますからね」
「……無事入信できるでしょうか」
「お布施を渡せばできるんじゃないんですか?」
鞄を渡したということは、それがお布施に見合った金額だということではないのだろうか。
流石に入信を断られ、更に鞄も没収とは考えにくい。そんなことをしていれば、私が潜入捜査をする前に警察がここに踏み込んているはずだ。
「信者にも一軍と二軍があって、一軍にならないと施設には住まわせてもらえないんです」
「何故?」
「最初は信者全員がここで生活をしていたんですけど、数が多くなって部屋が足りなくなったみたいで。だから世津子さんに気に入られた一軍の信者たち以外は、修行の日に毎回ここまで自宅から通っているんです」
「なるほど、だから最初のお布施が重要になるんだ……」
私は周りに聞かれないよう、小声で呟いた。
……あくどい商売してるなぁ。
「お待たせいたしました。これより山路世津子様の下へ皆様をご案内いたします」
控室の扉が開き、燕尾服を着た茶髪の男が入ってきた。
彼は木本森造、山路世津子の側近である男だ。
「やっと世津子さんのところに……」
「楽しみですね」
「はい……!」
これは本心だ。しかし、御代のものとはまったくの別物だ。
やっと偽りの魔女に会うことができる。そして彼女の虚構をズタズタにできると思うと、胸が躍った。
木本の案内で広間に入る。
壁際には既に信者たちが整列していて、そして広間の奥には赤いドレスを着た妙齢の女性が、奇妙な装飾が施された椅子に座っていた。
パンフレットに載っていた顔写真と一致している。彼女こそが山路世津子だ。
「……はじめまして」
山路がゆっくりと立ち上がり、静かに呟いた。
「では、まずは貴方から」
そして緑のリストバンドをした男を指差す。
「は、はいっ!」
男は嬉しそうに、山路の前で正座した。すると山路は目を閉じて、男の額に触れる。そしてブツブツと何かを唱え始めた。
その光景を見た他の来訪者や信者たちが真剣な表情でそれを見つめる。きっとあれが山路が自称している魔法の力を行使している姿なのだろう。
そんな中、私は必死に欠伸を堪えていた。
しばらくして、山路が目を開いた。
「……見えました。貴方の過去が」
「ほ、本当ですか⁉」
「えぇ、貴方は過去に大切な人を失っていますね。その方は貴方にとって、とても身近な人物。家族……いえ、家族になるはずだった人。貴方は過去に恋人をなくしている。そうですね?」
「そうです! 彼女が死んでから、もう僕はどう生きていけばいいかわらなくて!」
……やはり、ただのインチキ占い師だ。
「大丈夫ですよ。私たちは貴方の心を救う方法を知っています。本当なら無償で教えてさしあげたいのですが、それでは貴方を本当の意味で救うことはできません。高価なものですが、貴方の未来のためです」
ゆっくり話しているのも演技だ。
山路は相手の反応を見ながら、言葉を選んでいるのだ。
「……ちょっと待ってください」
私は無意識のうちに口を挟んでいた。
「なんですか? 貴女の番はまだですよ」
「いえ、そうじゃなくて……。それってコールドリーディングってやつですよね?」